2013.3.3(日)太陽大感謝祭(1000人太陽ドラム)
その日は京都で水族館にでも行こうと思っていたが、
「太陽の塔に太鼓が集い、1000人で打ち鳴らす」という
分かったような分からないような企画があるとサヤ氏から聞き、
要領を得ぬまま、ブサ可愛い電車に乗った。
おれ、たいこ持ってないねんけどなあ。
しかし、万博公園だから。なあ。あるのだろう。たいこ。
君、たいこはどこかね。
あるのだろう。メイビー。たいこ。
太陽の塔には、ギョーザが捧げられており、
天気は曇りがちながらも、晴れ間が見えたり
見えなかったりした。
寒いような、温かいような、緩急のあやうい午後。
この企画は「太陽大感謝祭」というらしい。
たいこ結集祭。
「1000人太陽ドラム」との副題、一体どういうことか。
たいこを持たぬ非タイコ族である私は、素手でおっとりと
会場へ行く。
2年前の震災に端を発し、様々なイベントを経て、今回の大感謝祭へと
実を結んだという。しかし
当の本人(塔)は相変わらず自覚に乏しい。
昔、まだクラブやレイブに警察や法がうるさく入り込んで
いなかった頃の空気を少し思い出した。泣けた。
会場は、桜並木を抜けた「東広場」。
歩を進めるにつれて何やら、どんどんと響いてくる。
目の見えない洞窟生物のように音を頼りに歩く。
するとすっかりいい感じに、人が群れたり音が鳴ったりしていた。
敢えて言わせてもらうなら、私は過剰な主張や明確な主義が、苦手だ。
不可能であると言うべきか。
「反原発」「脱原発」やクリーンエネルギーに対しては、一定の理解はするが、
人類が手にした原子力という小さな太陽の功罪、光と影の、重みのようなものは、
それらの主張を叫ぶだけでは、如何ともし難いと感じている。
電力会社の体質や意識の甘さについては別次元の批判があるべきだが。
だからこの場が、単にエコとか、調和とか、わかりやすい脱原発的なイベントだったなら、
私は帰った方がいいんじゃないか等を考え、悶々としていた。
ここはそういう場ではなかった。
もっと突き抜けていた。
櫓の上から女性が各種の鳴り物に指示を出し、
セッションの下準備が行われる。
竹、簡易ジャンベ、簡易バチ、その他ドラムセット等々、そして人。
なんだ、鳴り物がそのへんに散らかっているではないか。
ここは鳴りフリーだ。皆は千人の一人となって太陽に
音をビートを捧げるだけなのだと知った。
私は竹を手に取った。かんかんと鳴らした。
言語を獲得したものが、それを興奮気味に使い、発するように、
楽器を手にしたものどもは、既に素面でどこか出来上がっていて、
妙な高揚感が連帯を生んでいた。
叩き、鳴らすことは、新たな言語の獲得。
いやしかし一体どこのどなたと意思疎通を。
知らん。
本番を控えて、場は待機となった。
寒いのか暑いのか白黒する中、皆はゆらゆらと
待っていた。たいこのバーストする時を。
太陽の塔は原風景である。
マイナーな地母神の如き異彩を放つ。
足元で皆はとんとんとんとん
少々鳴らし、
…14:05.
たいこで太陽の塔が目覚めないものか。
そしてホバリングで外周道路を飛び回らないものか。
指揮を束ねる女性、後で知ったが、
「あふりらんぽ」のPIKA。
始めはセッション風に楽器ごと、エリアごとに鳴らして
全員を大きなバンドのように動かそうと奮闘するも、
全くリズム等が合わず、
一斉乱打へ。
たいよう!ドンドンドン
おひさま!ドンドンドン
とめら
れねえ!
ドン・・・・
ドン・・・・
空気を強く押す。一打、一打が重い。
脳が揺さぶられて、お花畑が見える。
ミラーマン(仮称)もご機嫌だ。
ヘイ♪
もっと暑かったならきっと
もっと脳がゆるんでおれは脱脳でき
絶え間なく千曲川よりも曲った
スパイラルの中をくぐりぬけるように
して竹を鳴らしたことであろう。
復興とかナントカとかと
全く次元の異なるところで私は
とても心地よくあるようでないような旋律の中に
たゆたっておれて、輝かしい雑草の
ような快感を得ました。鳴り物は
最高です。
太陽の塔「また来るがいい。大阪の小さき民よ。」
( ー_ー)ノ ハイ。
そういう一日だった。
太陽のことを再認識するに
十分な機会であった。合掌。