nekoSLASH_記録編(日常・登山)

『nekoSLASH』分家。日常、登山、廃墟、珍スポットの記録集。

【diary】H30.9/30(日)台風24号チャーミー 通過 @家(大阪)

【diary】H30.9/30(日)台風24号チャーミー 通過 @家(大阪)

前回の悪夢・台風21号の被害と記憶もまだ新しい中、それと同等のパワー、そして進路でまたもや台風24号「チャーミー」が関西を攻めてくるという。ああん。もうどうにでもしてください。私は黙って家中の雨戸を閉めて籠城した。しかし予想外に、台風の存在感がなく、多少雨風がざわざわしただけで終わった。

空は17時半頃。台風24号高知県室戸岬をかすめ、徐々に四国を巻き込みながら和歌山に向かっている。

 

(参考)前回、台風21号

 

mareosiev.hatenablog.com

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朝、昼、昼下がりと、「蒸し暑いけれど、雨風も特になく、とらえどころのない天気」だったのが、やっとそれらしい表情になってきた。

前回はまさに、午前中は落ち着いていたし朝などは夏のような射しだったので余裕をかましていたら、昼前になって急に雨が降り、そのうち突然めちゃくちゃな強風が吹き荒れて、災害そのものの迫力でゴーゴー言い、カーポートの屋根が引き剥がされて飛んだのであった。あれこれ修理をするのに30万超えの見積もりが来て、火災保険の申請をする羽目になった。金をくれ。泣いている。わああ。

 

そういうわけで今回は「どうせ今は大人しいふりをしているが、どうせそのうち滅茶苦茶になる」という疑念があり、何か女性関係で痛い目に遭った人のような思考パターンであるが、仕方がない、痛い目にあったので、いや女ではない、台風の話をしている、痛い目に遭ったので、雨戸をしめるなどして、身辺の守りをかためました。慎ましく生きようと。はい。いつ牙を剥くかわからん相手とは、心を閉ざして。いや雨戸を閉ざして。やっていくんですよ。ガラガラガラ。やだなあ。

 

それにしても雨はあまり降らないし、風もない。これ本当に来るんですか? いや前回そう言ってて関西めちゃくちゃになったよ。今回もきっと。

 

この17時半あたりを境に、急に風雨がそれっぽくなり、だんだん雨足が強くなってきた。変わるときは早い。「おっ旦那、いよいよですかね」ああ次は何を飛ばされるのか。楽しみですね。いや歓迎なんかしてません。社交辞令ですよ。もうお金ない。ないから。これ以上修理したらしぬ。金くれ。明朝雨戸開けたら庭に百万円の札束が刺さっているなどを期待します。ない。そんなものはない。私は激しく首を振った。それはやばい金だ。わああ。

 

19:15頃、雨の降り、まずまず。風はあまりない。和歌山を順調に上陸しながら進んでいるようだ。それなら今がまさにピークのはずだが、いまいち腰の入っていないパンチを繰り出している感じ。あれ? 今回相当な強さだと伺いましたが? 

 

 

確かにそこそこ強い降りではあるが、対策が要るようなものではない。まさかとは思うが、これ弱くないか。私は直感した。これは、明日始発から、交通機関が普通に運行している程度のものではないか。いかん。私は焦った。日常が綻びない。日常というやつが、星に匹敵するそのぶよぶよの巨体を、粘膜を噴き出してけろっと回復させ、また元の体に戻って、私たちを取り込んでしまう感じ。それを直感した。少々嫌だが期待もしていた。巨体に風穴が開くところを。できれば少し大きめに破損してくれた方が、再生までの間、その綻びからのぞく世界を、しばしじーっと見ていられる。見ていられるのだが。ええ。とんでもないわがままを言っているのは承知。


壊れすぎれば、壊れた状態それ自体が日常そのものへとなりかわってしまうことは承知だ。しかし、こういう機会でもないと、「日常」の膜が覆っているその外側を見ることは難しい。私は日常の何気ない光景、雰囲気を扱っている作品が、実は好きではない。体質的に苦手だ。それは日常という文体やジャンルの型であって、日常そのものではない。あれが巨大な芋虫、内臓のようなものかもしれないという疑いや恐れがみじんもなく、逆に信仰のようなものがある。はなはだちょっとあれだ。あれなのだ。です。

 

 

20時過ぎから21時にかけて、特に事態は動かなかった。それどころかどんどん静かになっていった。PCの画面は付けっぱなしにしているが、Twitterを開き直すたびに、被災の投稿が上がってこない。前回は違った。上陸以降、各地からネタかシリアスかわからない被災写真と動画の投稿が相次ぎ、RTの繰り返しが「今」を何度も繰り延べていき、幾つもの印象的な「今」を層のように味わった。日常が切り裂かれつつ、裂いた断片の力を執拗に回復させ独立した組織片として生かし、再び日常本体へと投げ入れて、不整合なまま過剰にサイクルを回していく、循環させていく。それがもたらすある種の絶対的な快楽。文章に代わる快楽が投稿という行為、映像というコンテンツだ。今回はそれがなく、ただただ平坦である。クッパをピーチ姫に模して描く例の絵師祭りもなぜか終息している。「今」の熱はおそろしく儚い。

 

そして雨すら止み、今回のは何だったのかよく分からないまま台風は三重の方へと流れていってしまった。終わったらしい。郵送物の手配をしながら、もう今夜のうちにポストに投函しても良いんではないかと思い付いた。大雨でポストの中に水が入り込んだら嫌だなと思っていたのだ。郵便料金が分からないのでデジタル秤をアマゾンで探し、今回全く使わないのだがなぜか手が滑って注文し、更に手が滑ってジンとジンとアブサント55とジンを押した。ジンは、タンカレーボンベイサファイアそして桜尾だ。

 

0:12

なんと雨がやんでいるどころか、路面が早くも乾き始めていた。どうなっているんだ。

そういう感じで台風24号は終わった。

そういえばアーティスト名刺を作ろうと思っていたが、改造版『ロマサガ3.12』のボス戦動画を見ていたら一日が終わった。精神が死んでいて、死んでいるというか機敏さがなく、駄目で、作業はするが判断力が1割ぐらいしかなく、あいうえおの使い方もままならない状態、やることはやったが期待値の1/10、もう、駄目である。

その分何かを手に入れたかと言うと、『マッドマックス・怒りのデスロード』から学んだのは、「ブチ切れた世界を誠実に作れ、キャラを細部まで愛せ、彼らはその狂った世界で懸命に生きている」ということだ。しかしキレるのもブチッといくのも、たいがい大変です。力が及ばない。発狂の仕方があって、バーンと火炎や火薬を噴き上げて炸裂するパフォーマンスタイプの人もいれば、狂馬の上にまたがってそれを鎮めないよう操るタイプの人もいれば、しずかに畳を踏みしめては何十時間も躍り続けて狂うという人もあり、自分がどういう狂気をあれするかということについては、判るものではない。それを判った上で昇華するのが、作家というやつ。優れた批評家の指摘なり、手痛い失敗でも食らわない限り、自力では難しい。かないません。いややわあ。ハヅキルーペのCMも狂っていると評判だが。そういうのもある。台風全然関係ない。ないよね。全然関係ない感じで夜が更けていく。いった。平和だった。

 

※翌朝追記:東海、関東は平和でもなかった模様。お疲れ様です。

 

完 ( ´ - ` )