nekoSLASH_記録編(日常・登山)

『nekoSLASH』分家。日常、登山、廃墟、珍スポットの記録集。

【花】R7.6/7_奈良桜井市・長谷寺のあじさい回廊

6月に入った。何があるか。あじさいが咲きますよね。奈良の長谷寺に行きました。

「あじさい回廊」が有名でしてね。

入江泰吉記念奈良市写真美術館で浜口タカシ「ドキュメントアングル」展を観た後の予定が特になくてですね。スパイスカレー食べて帰宅しても良かったんだけども、せっかくなんで一緒に回れる所がないですかね。

それで珍しく、寺だの季節のイベントだのを調べてたら(※筆者は偏向しているので普段は展示しか回りません)、桜井市に長谷寺というのがあり、あじさい回廊があり、五分咲きなのだという。いいんちゃうん。いくわ。

⇒いきました。

 

◇道中(道の駅「なら歴史芸術文化村」~長谷寺へ)

南下してたら天理市から山道に入る手前で、道の駅があると看板が出てきた。急遽立ち寄ることにしたやで。地元の農産物やおやつを道の駅で漁るのが好きでしてね。天理って天理教宗教施設以外になんかあったっけ。

⇒色々ありました。

 

近付いたら、現代的な建物が幾つも連なっている。「なら歴史芸術文化村」という施設群の一部であって、普段見る地方のアンテナショップ・特産市といった「道の駅」の単位ではない。

nara-bunkamura.com

 

奈良市から南下すると、吉野が近づいてくるためか、わらび餅と葛餅、葛が登場します。葛です。買うわ。千壽庵吉宗のわらび餅は週末30箱限定とあったが、私は葛餅。(執筆時点でまだ食べていないためレビューはひかえさせていただきます)(ぜったい美味い)

生で食べられるカボチャ「コリンキー」なる黄色い子を試すことに。スライスして食べた。普通にサラダになるよ。味自体はないようなものだったけどサクサク食べられる。

天理米ヒノヒカリ、3㎏で3,240円。5㎏じゃないんか。車中で小泉進次郎とミニマムアクセス米への懸念と批判を口にする。JAは確かに色々とあり、必ずしも良い組織ではないとのこと。だが小泉進次郎とホリエモンが即座にくっついたりするのを見るとJAの方がマシ。

野菜もあるよ。しろな。使い方がわからないのでパス。

肉もあるが猪肉が4~5千円する。美味いのはわかるんやけどちょっとこれは手が出ない。日常的にジビエが食べられるようになるといいんだが大量生産してるわけじゃないからなあ。

柿の葉寿司を買ったらめっちゃ美味しくてびっくりした。奈良に来たら買いましょう。おかしい。鮮度がすごい生きてる。鯖も鮭もどっちも美味い。こんな美味しかったっけ??? 生物としての完成度が素晴らしくて語彙がたりないわ写真撮るの忘れたわであれです。

 

仏像、古来の格ゲーだったのでは説。入江泰吉のように超人格を懸けて風貌を撮るのはたいへん難しいのだと思った。

 

「向こうの建物にへんなキャラがいた」と言われ、どうせ「せんとくん」の色違いだろうと思ったらもっと変でデカいのが立っていた。あれっ筋肉マン。キン肉マン。泉佐野のイヌナキンが奈良に出張??

これはアーティスト・ハタヤママサオが2015年「奈良県大芸術祭」(現、奈良県みんなでたのしむ大芸術祭)で「キン肉マンの舞台は奈良ばかりでは」と気付いたことでコラボイベントが催され、その一環で制作されたと。

鹿が描いてるのはそうだなと。ブルー基調でまとめてるのが斬新。いちばん目を引いたのが肩から胸にかけて走る直線で、まさかこれリニアモーターカーもしくは整備新幹線を奈良に通しましょう運動ですかね。地元の誘致運動は怖いので触れません。

 

( ◜◡゜)っ 車を出すやで。

 

天理ダムが出て来て盛り上がりました。至近距離のダムはいいね。写真がないんや。浜口タカシと入江泰吉の短観をX投稿してたからカメラを使えてないんです。マルチタスクはよくないとホリエモンもメンタリストDaiGoも言っていた。くそが。うるせえ。

 

県道247号から、笠荒神のそば畑をこえて、県道38号を下りてきて長谷寺へ辿り着くという山道ルートをいきます。

風流ですね缶。

葉っぱのえらく白い樹が出て来て、暗いスギ林の中でキラキラしている。なにこれ??? 

おかしいなこれ、病気かこれ、いや太陽の光が反射してギラギラしてるんちゃうんか、いやこれ葉っぱが白いんでは、じゃあ病気かこれ、いや緑色も残ってて健康的じゃないこれ。疑問は踊れど進まない。

 

調べてみるとマタタビの葉で、初夏に白くなるらしい。マタタビってそこいらの山の中に生えてたんすか。信じがたかったが、この葉を乾燥させて粉末にすると猫が狂うようだ。

少し採取しようか迷い、議論するが、葉っぱの途中からめちゃくちゃ白いというビジュアルがまず気持ち悪いのと、ツル性の植物なので変に持って帰ったらアホほど繁殖しそうで怖いということでスルーした。スギ林に絡みついて一斉に白く照り返すそれは、病気と正気の狭間のような奇怪なものだった。

「まほろば湖」のあたりか。円形のこんもりがある。辺境においやられた豪族の古墳だったりしませんかね。

奈良市内から30分も走れば日本列島何処にでも共通して見られるダム湖 × 周回道路 × 高低差の激しい斜面と集落が続き、旅が成立してしまうのだった。わあい。

 

◇駐車場~素戔嗚神社

長谷寺にあと数分となったところで車が詰まり始めた。片側通行で工事か草木の剪定でもやってるんだろうと思ったら、全て長谷寺のあじさい目当ての車だったのだ。うそやん。そんな有名なんすかここ。

大和川沿いに走る県道38号、その山側に「第5駐車場」とか平面駐車スペースを空けて、それぞれの運営をしている主が誘導をしている。最も離れたところは空いていて、ちょうど昼過ぎだったので入れ替わりが激しく、いつかはどこかに入れることが期待できた。

川沿い、30~50台入れる大きめの駐車場が3つぐらいあるが、どれも満車。でもまだあるやろ、寺の近くに停められるはずと狙って、とにかく進んでみる。寺の真横に大きな駐車場があるやん、とめれるでしょ、

 ⇒はいむり。

 

長谷寺正面にまで来てしまうと、駐車場へのルートが土産物・飲食店の並ぶ参道になり、これが車1台通れるだけの狭さ。両脇に観光客。楽しいが車で走るのはかなり嫌な道だ。トロトロ・・・トロトロ・・・ あぶねえ、、、

その突き当り、店が終わるところに大きめの駐車場がある。ここで待機したら良いのでは? 「おにいちゃん待ちはあかんよ」「この先にあるから」どの駐車場も渋滞させないために待機はNGで、満車の場合はひたすら回遊しないといけないらしい。ウエエ。

 

これで長谷寺駐車ゲーの全容が見えた。完全に運ゲーである。自車が駐車場に差し掛かった時に、出る車があれば誘導で入れてもらえるし、なければ「✕」とサイン出されて走り去るのみ。早い者勝ちとか、順番とか関係なく、ただただタイミングの運ゲーである。分かりやすいっちゃ分かりやすい。

 

結局、一番最初に出てきた川沿いのとこが空いてたのでP。寺からも参道からも一番離れているがまあいいです。健脚なのでバッタでも撮るわ。

大人しくあじさいに行けばいいのに、「素戔嗚神社」の案内板を見つけてしまったので寄り道が発生。スサノオ!ぜひ憑依させたいですね。馬の皮をはいで職場に投げ込み、大蛇を対峙しに行くといって一級河川を剣でぺちぺちして回りたいです。

 

上にあるのは「與喜天満神社」、「日本最古の神社」とか書いてあって、日本最古って日本中にあるよねと困惑。調べてみると、天照大神が初めて降臨したと「古事記」に伝えられているのがこの「與喜山(与喜山)」だとか。アマテラス関連での「最古」でしたか。あまてら。

www.yokitenmanjinja.jp

我々はスサノオまっしぐらです。左折します。力を貸せエエエエエッ。お前をこの身に宿して暴威をあれするんだァアアアアッッッ。ニギャアアアア。だめな人間は一発逆転を本気で信じてスピに走ります。わかるよ。スサノオで人生逆転じゃあああ。馬の皮はぐぞおおおおおお。

睫毛の彫刻みたいなのがあり、こわいんですが、獄門疆に閉じ込められたスサノオではないのか。近づくと齋部哲夫《流星と四角い風》と書いてあり、大阪芸大教授の彫刻家による作品であることが判明。安心しました。作品かあ・・・(ちょっと残念

 

奥の目立たないところに「素戔嗚神社」。鳥居、手水、イチョウの大木、狛犬、そして拝殿・本殿、全て完璧に揃えていて、気合が違う。しめ飾りがぶっとくて神域が強い。狛犬も長髪ドレッドが個性的。

ドレッド狛犬が良いですね。キューバリスペクト。

お隣の「玉鬘神社」は小さな鳥居と小さな門、小さな本殿がコンパクトに集積された現代的な?構造で、素戔嗚神社と対照的。2018年末に再興されたところと知って納得です。尼の墓があった。源氏物語の玉鬘にちなんだ玉鬘庵がこの与喜山にあったという由来も。

www.yokitenmanjinja.jp

奈良、古い歴史が普通にそこいらに漏れ出てるのがすごい。京都よりも野良の歴史が湧いている。

 

◆長谷寺(入口~回廊)

www.hasedera.or.jp

スサノオ憑依させてたら14時前になっていた。結局憑依したのかどうかわからん。あじさいを見ましょうね。しかし寺に入ってもあじさいの気配が全然なく、緑色だ。あるのか?

仏の残留思念が焼け付いた岩。こわすぎる。

緑色すぎて不安になる。あじさいの気配がないんですが。

これはイントロダクションのあじさいなのでちょっとだけなのよ。まだ奥に本体があるはず。ちなみにモンシロチョウが交尾していました。

入園は500円でう。

長い回廊が名物のようで、人が増えてきた。これは早朝に来て無人の状態で撮りたい。

 

なんか行列ができている。おそらく特別干渉の本堂の中に入るための列だろうと思ったが、警備に聞くと、あじさいの順番待ちだという。は? 動いてないんやけど、

これまでの断片的な情報を整理すると、「あじさい回廊」もしくはあじさいメインステージの記念撮影の列と思われた。あじさい自体は並ばなくても境内の巡路にて見られるはず。正面から占拠して撮れる場所が限られているということなのだろう。

 

にしても列が動いていない。

こっちは別にガチの記念撮影は要らない人種なので(記念と撮影とが結び付くという写真習慣がない)ソテツ撮ります。ソテツとアジサイ。戦後沖縄を描いた小説タイトルみたいなフレーズになった。よかったですね。

ソテツがもりもりでやばい。

行列が全然進んでいなくてやばい。これみんな何分待ってんの。無の眼をして座り込んでる人もいたりして静かすぎる修羅場を感じる。力尽きて惰性で並んでるか、サンクコストバイアスによって途中で抜けられなくなっているか、パートナーの力関係:メジャーで映えるカットを獲得したいという相手方の欲求をそのまま肯定するしかないのか。

色々と考えられるが、一つ確実に言えるのは「この商売は成立しており、成功している」だ。集客だけではなく、サービス面で期待を煽り、欲望を満たしている。

行列の終点、「あじさい回廊」なるものが見えてきた。

え???

 

あじさいあるとこ狭くない???(困惑

 

えっ 狭・・・(´・_・`)

 

これがあじさいで有名な、長谷寺のあじさいの全てなのか?

だが皆、必死である。一体何なんだこの場は、、

 

◆長谷寺(あじさい回廊~本堂)

あじさい回廊をよく観察してみることにした。なるほど確かに「回廊」自体はあじさいでみっちり敷き詰められているし、何より事前にSNSで見た通りのビジュアルだ。

あじさいは鉢植えである。鉢がいっぱい並んでいる。え。それでいいの。良いのである。なぜなら綺麗で、情報量が密集しており、回廊の両脇も2~3週間後になれば開花するだろう。なによりこれはSNSで開示されているビジュアルと同等の質を備えている。

 

「メディアの画像情報と同じものが現実世界にある」というのはわりと重要で、現代人の快楽原理に「メディアと現実が自分の中でマッチングすること」が上位にある。この合致が果たされる瞬間、自分の生きている「世界」が質を獲得し、リアリティがようやく生じるのだ。

このリアリティがないと生きていることにならない。それはプレイヤーとなることで果たされる。

 

行列に並ばなくても、別に脇から見ても良いようにも思うが、それは私のように「ゲームプレイヤーとなるよりも、ゲームの枠組み自体を外から360度視座で色々見てみたい」という、ゲームをやらずに実況プレイや考察動画ばっか見てニコニコしている層の考え方にすぎない。多数を占めるのはやはりプレイヤーとしての、主格としての喜び、充実、世界の実感獲得ゲーである。世界参加ゲー。

多くの人にとっては、メディア・ゲームプレイヤーとなること自体が快楽であり、やりがい、戦場であって、ゲームの命題である。それはメディアに流通する「お手本」、正答の通りになぞり、高得点を獲得するという構造になっており、ゲーム内でゲーム行為を成功させること=手本を忠実に再現することが、人間関係、社会の中での居場所(上下関係、強弱ポジ決定を含めた)を成り立たせている。

カラオケからインスタへ。手本をなぞり、「正答」を無限に反復し続けること。それは自分たちを正統な社会的存在にする行為に他ならない。

 

驚くべきは忍耐強さだ。通常のサービス業で説明もなくこんなに待たされたらクレームが起きるだろう。ここでは不文律のモデル撮影会のごとき暗黙のルールが行き渡っていて、皆、自主的に順番を待っている。その代わりに、先頭にありついた暁には、たっぷりと、念の入った「自撮り」(他者に撮ってもらおうとも自分を自分の想定通りに仕上げようとする撮影なので自撮りの範疇である)を繰り広げるのだ。ようやりますわ皆さん。

過去の長谷寺の写真を見ると、回廊に自由に立ち入って、階段として上りながら撮影ができたようだ。今年からルールが変わったのか。

立ち入りスペースをあじさいで埋め尽くしたことによって、あじさい情報量が増している。更にこうして「あじさいでいっぱいの理想的な・お手本通りの写真」を「列に並べば誰もが撮影することができる」条件が揃ったのだ。それが長時間待ちの動機であり代償だったのだ。メディアと世界を合致できてよかったですね。

 

回廊が見事なんですけどね本当は。ここ作った人は上下移動を深遠なものにしていて凄い。脇道にもあじさいはあるんですがまだまだ緑すぎて青少年って感じです。

エロスがたりねえ、と爺みたいなことをわめきそうになる。若くてパツパツというかまだカリカリなんやで。エロスとは? 梅雨入りしてから撮影に来た方がいいと思う。ていうかやはり回廊が見事なので人がいなくて花が全く咲かないシーズンにみっちり撮るべきだと思いました(本末転倒)。

階段上がってくるのに疲れてる人が多数いて、写真は体力・筋力だなと実感した。皆さん体力はありますか? ないよ。撮影ガチ勢もいない。カップルとファミリーばかりだ。自撮り系あじさいの名所というわけだ。それはそれでいいと思う。

本堂の少し脇に上ると「三社権現」があり、滝蔵権現(虚空蔵菩薩)、石蔵権現(地蔵菩薩)、新宮権現(薬師如来)の3つ。ここだけ歴史ある神社の様相でかっこいい。注連縄がそれぞれ違っているのも興味深い。

離れにはお稲荷さん。

愛染堂には物凄い顔で、口開けて怒りながら笑ってる狂気みたいな愛染明王が入っておられた。これは悪いものも吹き飛ぶわ。

しかしもっと凄いのが本堂にあるらしい。「十一面観音像の暴悪大笑面」。善悪入り乱れた人間の愚かさを呆れて大笑いしているという、どうしようもない表情だという。救っても救っても愚かに尽きる人間ども・・・いつまでも争い、いつまでも奪い、死に、そして生まれる・・・ 無限の愚かさ。良いですね。

暴悪大笑面の撮影についてNHKの特集記事。

www3.nhk.or.jp

地蔵や菩薩が満ちていてなかなか良い空間、本堂周辺。

 

◆長谷寺(あじさい回廊を上から~本坊~帰路)

じゃあ「あじさい回廊」を上から見て帰りましょうね。ゲームは外から見るに限る。ゲームを観測しメタな領域を渡り歩くというプレイヤーなのが私です。これもまたゲームで略。

で上からだとちゃんと階段になっていて、極楽への回廊になっているのだった。ええやん。これで両脇のあじさいも咲いたら凄い光景になるのでは。みんなね、極楽浄土に行きたいんですよ。はよいこうや。

階段だけでなく、本堂を過ぎた辺りから、周囲・背後の植え込みにもあじさいが増えてきて、あじさいゾーンになっている。ちゃんと咲いたら見応えがあること間違いない。今は緑色でカリカリなので、引きで撮った写真が残ってなかった。

本堂~本坊にかけてはあじさいが多い。狙い目です。なお「本坊」は特別拝観の時にしか一般には入れない。

まる1時間遊んでましたね。マクロレンズがあればなんとでもなります。

 

 

◇長谷寺門前のお店

昼飯だかおやつだか分からないあれをしましょうね。駐車場難民していた時に、そうめんだの草餅だのが次々に出て来て密集していたんや。

www.hase-kanko.com

草餅、栃餅、くずもち、あげもち等。土地持ち? 縁起が良いな笑 最後に食べたで。

「ふし」というのを売っている。三輪そうめん「勇製麺」HPから引用する。麺界隈におけるパンの耳みたいなものか。

「ふし」とは、手延べ麺を干す時
麺の上下にできる、丸く曲がった部分。
製造処ならではの、郷土の味です。
お味噌汁に入れたり、
マカロニ代わりにサラダに入れたり、
自由な調理でお楽しみください。

くずもち、奈良漬はよく売ってる。

そうめん定食、にゅうめん。いや~~。悩むけど15時過ぎるとほんと最適解がわからん。定食っていう気分ではないよな。しかし店は閉まっていく。ああもう。

よもぎめっちゃこねてる。店頭で草餅焼いてるのがビジュアル的には満点。老舗で有名な店には列ができる。しかしこれも「あじさい回廊」と同じで、恐らくメディア情報、Google Mapクチコミなどで並んでいる。

全部老舗みたいなもんなので、正直どれがどうとか区別できないのでは説。しかし「ほっといても客が列を作る店は、接客や衛生が雑になってる」「どこそこの店は下水めいた匂いが上がってきてた」等と、身内(※接客業のプロ)より指摘があった。違いが明らかにあったらしい。うそやん。専門家には分かるのだ。こわい。

 

そうめんばちはあまり見ないので珍しくて好き。

おもしろそうなんやけど使い道がないものが多いんよな。しいたけスライスも遊びで買ってみたかったが確実に余らす。

昼に道の駅で買い食いした柿の葉寿司がたいへん美味かったので、今度は「焼き鯖寿司」をいく。 ⇒夕飯に食べたら美味くてたまらんかったす。

「とらせ」さん。これは美味しかったですわ。

kakinohasushi.stores.jp

 

商店街一番奥の方まで行って、定食とかやなくて草餅くいましょうやとなり、勘で適当に入ったのが「寿屋」さん。くさもち、焼きもち、どっちも美味いんですけど。うまっこれ生モノとしての鮮度がすばらしい。うまいうまい。

冷えた緑茶もうまい。あたりですわ。

平成天皇(当時)の写真が飾ってあった。やはり天皇、皇族が来たかどうかが「地方」にとっては最重要事項。「クニ」の一部となる、その一部として数え上げられる/参加するためには、「クニ」を象徴・代表する人物が来なければならないと。餅がうまいだけではだめですか。

 

そうして帰路についたのであった。

 

( ◜◡゜)っ 完。