nekoSLASH_記録編(日常・登山)

『nekoSLASH』分家。日常、登山、廃墟、珍スポットの記録集。

【旅】2026.1/1_元旦初詣・諏訪大社①(上社本宮→上社前宮→下社春宮)

2026年あけましておめでとうございます。元旦初詣は暗くて闇の深い神社がいいですね。諏訪大社×4に行きました。

なんで諏訪なんですかと。

 

2025年初詣を振り返りますと、早朝闇夜の伊勢神宮に行き、宇宙と神域がひとつになった真っ暗な場に立ち尽くしたことで、大脳皮質が何かを失禁、前頭葉は小刻みに震えて麻痺し、後頭葉は冴えていった。体感があり。意味がわからんのだが正直そういうことで、なのにblogにまとめないまま一年経ってしまい。猛省。

 

二匹目の暗黒泥鰌を狙って「歴史がすごく古くて理性が侵される場所体験がほしい」という欲求から、出雲大社か、伊勢神宮のおかわりか、悩みましたが、諏訪信仰って異様で熱いよねという話になり、諏訪大社4社回りにしました。ドキュメンタリー映画『鹿の国』の影響が大です。

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太古の土と血を感じさせる信仰。これしかない。万博も経験したことだし、異文化を心身に引き寄せて摂取したい気持ちが高まっています。

 

 

◇諏訪4社の回り方案

諏訪湖を挟んで南北に2社ずつあり、どう回るべきか悩ましかった。事前情報ではどこがメインなのか、元旦午前2時3時にどうなってるのか情報がなくて困った。諏訪湖をまたぐ上・下移動は片道30分なので、移動時間としては余裕か。

 

四社の位置と説明は公式HPで。

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行ってみて分かったが、以下のとおり「上社本宮」「下社秋宮」がメインになる。

  • 上社本宮大きい。秋宮と並んで主力級。10時以降混雑、交通規制+大渋滞。深夜から最寄りの駐車場利用可。
  • 上社前宮:社だけがあるような構造で超シンプル
  • 下社春宮:前宮より構造物は多いがコンパクトでシンプル
  • 下社秋宮最大級。出店も多い。夜から周辺交通規制、最寄りの駐車場が朝8時半?以降でないと開かない。

深夜早朝は「下社秋宮」の駐車場が使えないのがネックとなった。「春宮」駐車場に停めたまま片道20分歩くという選択肢もあったが、クソ寒い中を往復40分歩くのか問題があり却下。

 

ゆえに今回とったルートはこう。

  • 上社本宮→上社前宮→→→下社春宮→→諏訪湖畔の公園で仮眠、ご来光→→下社秋宮

 

「下社秋宮」を明るくなってからに回すことにした。時間的には十分に暗黒諏訪詣りできたのだが、寒すぎ&眠い問題も出てきて、素直に寝ました。よかった。

更にこの後、昼下がりに「上社本宮」をおかわりして祝祭も味わっている。贅沢な元旦でした。しかし車の渋滞が凄かった。

 

以下レポ。

 

◇12/31(水)移動~宿泊

諏訪は遠いんや。そして天気がよくわからない。

 

「諏訪地方は気温は低いが、基本的に降雪・積雪は少ない。」との情報を得ていた。結論、当たっていた。

悩んだのが、「雪ナシに賭けて旅費をけちってマイカーで行くか、安牌をとって電車移動&現地でスタッドレスをレンタカーするか」の2択。後者は電車賃5万数千円+レンタ2.6万円、マイカーと比較すると5~6万up。しかし凍結リスクが怖くて、後者にした。

 

結果、大正解だった。

移動日は無雪、元旦もずっと快晴で何ら支障がなかったが、1/2に急変、雪が降り続き、マイカーだと帰路の高速で詰んだと思う。

冬季の高地は極力、鉄道+スタッドレスの組み合わせが吉です。

 

ちょうど1/2は秩父の三峯神社参拝客がノーマルタイヤで阿鼻叫喚でしたね。さらに遡ると12/26、群馬県みなかみ町の関越自動車道では車67台もの玉突き事故。「年末年始の山間部はバクチをすると危ない」、大いに学びを得た。


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冗談抜きで、大阪府の平野部に住んでいると、本当にわかんないんすよ。雪が降るなんてことがないし、路面凍結すらレアでして。

 

おとなしく「のぞみ」+「しなの」で3時間、15時に松本駅について、塩尻駅付近の宿へ移動。

紅白の前説みたいな盛り上げ番組を見て、岩崎宏美っていつの人なんやとかキンプリって2人しかいなかったけ?などと全般的に世事から置いてかれている中、18時半頃、紅白を見ずに就寝。山小屋のようにおやすみなさい。

何度も何度も目を覚ます。へんな時間に寝ると体がいやがるんや。

 

午前1時半、起床。

2時半、出発。

救急医療機関ぐらいお笑い芸人が24時間活躍する、元旦。

 

お参り対策装備は、内から順に下記の通り。冬山登山の格好だが丁度よかった。

[上]ヒートテック、ジオライン(厚手)、登山フリース、登山ダウンジャケット

[下]厚手靴下・モンベル下着、レッグウォーマー、モンベルタイツ(厚手)、冬山ズボン

手袋を舐めてて、耐風用で耐寒が甘かったため、手がやばかった。

 

 

◆諏訪大社(上社本宮)

塩尻市街地から諏訪湖へは少しだけ山道になり、カーブがある。降雪・凍結がなくて本当によかった。真っ暗で凍ってたら無理でしたわ。

諏訪湖が視界に現れた時に感動してしまった。良さに胸を打たれていっぱいになったのではない。理性とか常識が吸い込まれて大きな判断停止に陥った。真っ暗な夜の闇に、さらに真っ黒い穴が開いているのが分かった。諏訪の町は真っ黒な穴の周りに光っていて、ただ虚ろな闇だけがしっかりと車窓から視界に入り続けてくる。景色を見えないものが支配しているという矛盾が感覚器を狂わせていく。『君の名は』の追体験に満足せず極端に踏み込んでいくとこのようにグロテスクな体感に至り、お勧めです。セカイ系のDNAはズタズタにされて、鑑賞者であることを許さない、全ての視座を吸い込んで土台から崩壊させていく闇・・・「私」の外部にある圧倒的なに認知不能の領域、「暗黒」。私が昨年、深夜未明の伊勢神宮で得た体感を推し進めたものがあった。

 

いくら走っても通行規制がない。そのまま「上社本宮」最寄りの駐車場に停めることができた。伊勢神宮と全く違って、深夜早朝は参拝客が少ないため、規制は明るくなってからだったのだ。すごい。フリーやんか。

諏訪神社の構造は、伊勢神宮と比べるとかなりシンプルだ。手前は、一般的な神社を大きくした感じ。むしろ伊勢神宮が例外も例外で異界すぎることがよく分かった。

参道(北)から入ってきて鳥居をくぐると広場がある。更に階段を上り「塀重門」をくぐると、四方を各種の建造物や門で囲まれた空間に立つ。

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お手水がお湯なのは驚いた。あたためサービスではなく温泉が湧いているらしい。大阪人には諏訪は寒すぎて焚火ありがとうございます。しんでしまう。

御柱がわりとカジュアルに立っている。これだけでも異様な光景・構造なのだから、もっと奇特な感激があるかと期待していたが、「細い、」という印象が優勢だった。心象映像には、剥き出しの原始の船に野郎どもがしがみついて坂を滑り降りてくるという「力」が前面に溢れ出していて、その中では柱はもっと太くあった。実物は意外にも洗練されている。

どの社も共通しているが、柱が4本立っているうち、後ろの2本は森の中にあって立ち入ることはできない。手前2本だけこうして目や手で触れることができる。

多数の建造物が高密度で詰め合わされている上に、どれも古く、森の神秘的な成分が結晶体となって析出されたように感じる。

 

「諏訪信仰は山をご神体とするので、本殿がない」のが諏訪造りの特徴とされる。立って参詣しているとよくわからなかったが、賽銭を投げ入れたのは「幣拝殿」であって、「拝殿」と「幣殿」が一体化したもので、賽銭箱の奥に見えていた「幣殿」を本殿と錯覚したのだった。MAPで見ると一括りになっているが、建築体験としては別物だった。その背後に森が控えていることに気付かない。

なんなら門をくぐって真正面に立つ「勅願殿」も立派なので、何がなんやら分からなくなる。素人には全て同じグレードの建築物に見えている。

賽銭箱の「拝殿」から「幣殿」をのぞんでいる様子。神社素人には「本殿」に見えてしまう。本宮全体の構造、森の存在が、闇で見えないために判断が狂わされています。いいですね。

 

森の存在に気付かなかっただけでなく、実は10年くらい昔にここに来たことがあるのに、全く思い出せずにいた。それは東参道から続く「入口御門 布橋」の木の廊下が、工事で閉鎖されているためだった。公式HPを調べながら書いていてようやく気付いた。遅。

めっちゃ工事してた。歩く経路が異なると、全く別の「場」に感じられたのだった。経験自体が違うので建築自体が違うのは当然だが、記憶すら照合できなくなるとは。

かつて夜中に三脚を持ってきて撮影をした記憶だけがあって、木で囲まれた廊下が真っ直ぐ続いていて、渡り終えると拝殿の広場へと立ち入る、まさに見えない神のための領域だった。

 

過去の写真を掘り出してくると、記憶のとおりだった。今回の初詣では見られなかった空間だ。とはいえこれだけではなかったはずなのだが。写真が記憶を規定しているとも実感した。

 

あ。「宝物殿」に入れる。わざわざ元旦の午前3時から宝物殿を観る者はいない。入りましょう。

一般500円、下社秋宮の宝物殿との共通券で800円。ただ秋宮側は当面やってないとのこと。

館内は撮影禁止となっていた。プレハブ小屋一棟分ぐらいの広さで、四方と中央の展示ケースに文書や記録写真、標本にテキスト解説がついている。

www.nagano-museum.com

諏訪大社、御柱祭、御頭祭の歴史などが解説される。ただ、個別の単発的な説明に留まり、体系的なものではなかった。「諏訪信仰」の全体像や、諏訪大社が他の神社の系統とどう異なるか、重なり併せ持つ部分があるのか、4社がこれまでどのような歴史を辿って「大社」としてまとめられるに至ったか等々は、他の博物館的な施設を当たっていく必要がある。ここで元旦問題が効いてくる。また別の時期に再来しなければいけない。

入口受付は係員の代わりに鹿が詰め込まれており、可愛い。

 

 

◆諏訪大社(上社前宮)

本宮から車で5~6分、「前宮」の看板が出ている。駐車場には1台ぐらい。もはや閉まっているのではと不安になる。

本宮と打って変わって、何もなく、赤い鳥居と白い提灯だけが闇夜に浮かんでいる。左右の提灯が坂道の奥へと続いているだけで、歴史的な建造物はまるで見えない。こんなに抽象的というか、何もない神社が「諏訪大社」の一つであることに驚いた。道も、土の地面を坂にしているだけだ。

 

寒い。本宮よりも更に寒い。

真っ暗な中で、左から水の流れる音が聞こえている。かなり速く水量がある気がする。風が寒いのは当然だ。流水に触れているようなものだ。「水眼(すいが)」という湧き水の小川らしい。暗すぎて川すら見ていない。

 

少し上がると右手に社務所らしい小屋が出てきた。無人に近い境内(どこからか境内かもよく分からない)、さすがに閉まっていると思ったら、開いていた。御朱印を買えた。年始の特別対応だろう。

横へ跨ぐ道越しに狛犬とグレーの鳥居が現れ、石段が続き、ようやく神社らしい空間が整ってきた。それでも非常に質素で、体の先がまだ宙に投げ出されているような感じがしていて、様式というものを感じない。自分が「何」に来たのかよくわからない。右手に現れた大きな木造建築「十間廊」は周囲を紙垂(しで)で囲まれていて、封印されている。大きな立ち入れないものが暗い中にあるということが感覚を更に不明にする。

そして石畳と中空。様式が完全に途切れる。世の中ブツ切りの小規模な神社も少なくはないのだろうが、あの超有名な「諏訪大社」でここまで断片化された神社だとは予想外だった。最小限に削り込まれた電子部品のような構造には逆に土着的な歴史の深さを感じた。実際、「一説には御祭神が最初に居を構えられた諏訪信仰発祥の地とも伝えられています。」とあり、様式を超えた歴史があるようだ。

 

歩道から直接繋がっているのが「前宮本殿」で、これで主要な構造物は終わる。神社の本体もまた最小限の回路の一部を成している。前宮にだけ「本殿」があるのも謎だ。本殿というには薄く、造りもまた最小限だ。

公式サイトの情報を引用すると、前宮のある辺り一帯は「神原(こうばら)」と呼ばれ、太古、最初に諏訪大神が現れた地であったため、上社の祭事の中心地であったが、「室町時代の中葉に大祝が居館を他に移したので、多くの神殿は消滅し、現在祭儀だけが残っています」とのこと。回路のような飛び地の構造体になっているのはそのためだろうか。

また本殿は「昭和七年に伊勢の神宮の古材を以って建てられたもの」とある。これはまさに、現地で前宮の本殿を見ながら混乱していた点で、「諏訪大社は一体どこまで古来、土着の信仰を引いているのか?伊勢神宮に通じる神道色が主と見るべきなのか?」という疑問、悩ましさ、迷走が生じた。諏訪信仰、原初的な土着の信仰、神道(神社本庁ど真ん中の、保守本流としての)、そして現行で馴染まれている地元の神社、という4つぐらいの直感・印象そして建築上の磁場が入り交ざっていて、ますます「諏訪大社」の形が定まらないものとなった。もっと独自の古代性がイメージとして分かりやすく立ち昇るものと思っていたが、そう簡単なものではなかった。博物館や資料説明のない実地では、あるひとつの体系だけを綺麗に抽出するなど無理なのだった。

だが武骨なごろごろとした石段と賽銭箱と注連縄、両翼に広がる板塀、三角に垂れ下がるルの字のような屋根は見事で、闇の中で直線的な時の流れを超えていた。

 

そして社の両脇に御柱が垂直に立つ姿は簡潔に意味不明であり、闇に真っ直ぐ棒が立つことの意味不明さが迫ってきた。



四時半になったがまだ真っ暗だ。

 

 

◆諏訪大社(下社春宮)

諏訪湖を越えて移動して5時過ぎ、下社側に到着。次に「春宮」を選んだのは偶然というか、市街地に立つ鳥居をくぐったりしていたら着いた感じ。

神社の手前に「下馬橋(通称、太鼓橋)」があり、車道を塞ぐようにして丸く背の高い橋がある。車道はそれを避けるために変な分岐をしていて存在感が抜群。

「諏訪大社の中で最古の建造物」といわれるが、安土桃山時代(1578年)なので、勝手に想像していた「諏訪」の太古イメージからすると相当に新しい。また自分が関西人であり、奈良と京都という歴史の怪物と距離が近いせいで、期待値がバグっているのもある。

しかし、どうも小ぶりである。鳥居が相当小さいし、鳥居からもう本殿のようなものが見えている。「上社本宮」と同じく、諏訪造りなので本殿はない。手前は神楽殿で、その奥に幣拝殿がある。

 

上社と違って、真っ暗で誰もいないのに、駐車場はオート管理で、ナンバープレート読み取り式できっちり1回千円かかる。つらい。近所に無料の空き地はないかと回ってみるが、民家を縫う細い道のみ。観念して誰もいない「春宮」に入る。

鳥居の脇の社務所、真っ直ぐ前の神楽殿が、不可視の神が来たることを予期させる。そして奥の「幣拝殿」と、左右両脇の御柱。四角く囲まれた境内を歩く。全く無駄のない、正方形の電子回路のような構造。それでいて周囲を森(というほどの樹は聳えていなかったかもしれないが、闇の中では増幅されている)が囲み、全容は知れない。なので寺の理知的な数式めいた構造とも違う。

幣拝殿は、上社本宮、前宮のどちらとも違って、肉厚で、鎧を着込んだ武者、要塞のように厳つい出で立ちだった。神社それぞれの配置や構成要素は「諏訪造り」として共通しているのだと思うが、個々の建築物の印象がどれもかなり違うので、私はますます混乱した。「諏訪大社」とは?

 

本来であれば諏訪信仰に関する体系的なまとめを博物館などで得て、情報・印象の取捨選択がなされ、ある純粋化された体系へと身を委ねることになるのだが、元旦三が日は公的施設が全滅、バラバラでふわふわとした個々の体験と印象を抱えて帰阪することになった。闇の空の下では別にまったくそれでいいと思ったので、現地でのスマホ検索はしていない。スマホ検索で情報を埋めると、わざわざ闇を選んで此処に来たのに、ライトで照らして回るようなおかしなことになると感じた。私は奇妙なことを言っている。つまり私は「諏訪大社」を分かりたくて来たのではなく、分からなくなりにここに来ている。

構造物の厚み、周囲の森の厚み、闇による過剰な増幅が、御柱を包んでおり、柱はそれらを重力過剰なまま統御する法則であった。宇宙である。詩的に表現したかったのではなく実際そういう場になっていて、柱の先が闇に差し込まれている様は柱によって天と地が分かたれた状態を保っているからだと思ったし、同時に宇宙の闇が地上の身体に伝わるためのネットワークであるとも感じられた。これらは自動的に体が感じている。

 

さて諏訪大社、諏訪信仰といえば各種の奇祭だが、夜とも言える早朝にうろついているとその資料に出会うことも少ない。というか各社とも全面的には押し出しておらず、普通に「歴史ある地元の神社」の環境となっていて、これが初見者が戸惑う諏訪大社の分かりにくさでもある。歴史・民俗アトラクションではなく信仰の場だから当然なのだが、実際には200以上の祭事があり、うち約70種以上は諏訪大社の由緒にまつわる特殊神事であるというから、少し踏み出すだけでその古来の世界に触れることは出来るのだろう。

 

そんな中でわりと分かりやすく表に立ててあったのが「筒粥殿」の立て札。

「毎年1月十四日夜から十五日の早朝にかけて神職がいろりを囲み一晩中葦筒を米と小豆の粥に入れて焚込み葦筒四十四本の内四十三本は作物の豊凶を残りの一本は世の中を占う」

tateshina-times.jp

現地でアホになっており、「神職」を「神獣」と誤読していたので、私の理解は意味不明なことになっており、千と千尋の世界が回っていた。すぐ誤読する。誤読から神がやってくるとも言う(いわない

 

 

ものの30分足らずで終了。きわめてコンパクトだ。

 

残る一社、「下社秋宮」へ行ってみるも、車道の通行規制、そして最寄りの駐車場の未オープンにより、朝まで諏訪湖周辺のフリースポットで停めて仮眠をとることにした。眠いんすよ。

 

つづく( ◜◡゜)っ

 

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