新ねこ登場(早い

- ◆3/17「ちょび」が亡くなって、はや数日――
- ◆3月某日。保護猫シェルターで猫面会。
- ◆(家内協議と受入準備)
- ◆2026.4/2 名付け
- ◆2026.4/5(日) 正式譲渡日
- ◆そして家にようこそ。
- ◆二人の世界
- ◆そして夕方・・・
2026.4/5(日)、新たなねこがやってきた。
◇てり(オス、キジトラ)
◇なん(メス、まっくろ)
同年2/8生まれの子猫である。生後2カ月の猫。小さい――めちゃくちゃ小さい、そしてめちゃくちゃよく動く。身元は、保護猫。
リアルタイムで追いかけて書く暇がなかったので、今5月末から振り返って書いているが、もうとても昔のように感じる。彼らの成長が目覚ましいからだ。
振り返ってみよう。
◆3/17「ちょび」が亡くなって、はや数日――
せやねんな。亡くなったんやった。
2.5ヵ月しか経ってないのだが、2.5カ月「も」経ってしまった。体感時間が大きく変わったのは言うまでもない。即座に新しく子猫を迎えたためだ。しかも、2匹。
「ちょび」亡き後。
「次の子をどうするか?」という議論が、ぬるく、まったり、あったりなかったりした。
「ちょびがおるような気がする笑」、2階の寝室へ入ったり外から帰ってきた時に、そこに猫が居るような錯覚に陥るのだ。犬が亡くなった時とは比較にならないほど存在感は薄い(※実家で飼っていたビーグル犬が死去した際はまあまあな喪失感だった)ものの、それなりに「いない」という実感が、出てきてしまった。
笑い話で済むかなと思っていた。
しかし妻氏が、朝食、夕食の前後などにスマホを触っているのを、ふと後ろから覗いてしまうと、それがことあるごとに「ちょび」の写メ、あるいは昔の動画だったりして、
なんとなく胸が痛んだ。
「ほらこれ見て まだ若い時の」「これ 賢いやろ」10年近く昔の動画や写メを全部スマホに入れたままにしているのには恐れ入ったが、どうも人間、見た目の言葉や挙動や表情と、内面の奥で起きていることとの間に、深い深い谷間があるように感じてならなかった。

通称「パン」、猫用ふとん。
「ちょび」は最初、使い方を解さず、上に乗って寝たりしていたが、どこかのタイミングで「中に入って寝たらそれなりに快適だ」と自分で気付いて、中でちゃんと寝るようになった。いなくなってからも、そのままにしてある。
こういう感じで環境があまり変わってないのも影響している。1週間たってないからな、、
なので妻氏が「子猫飼いたい」「こういうのは早い方がいいねん」と言い出し、保護猫の譲渡について調べ始めたとき、異論を差し挟む余地はなかった。
とはいえまさか死後1週間で早くも話が動き出すとも予想してはいなかった。行動力がバグっていませんか。いや普通の人はそうなのかもしれない。わからん。nが足りない。
ともあれ、手分けして保護猫を譲渡してもらえる場を探していくうち、一件の保護猫シェルターに行き着いた。そこでは生まれたての子猫をWebで紹介する予定というので、妻氏が目を皿にして情報の解禁を待ち構えていた。
解禁されるや否や、見学を申込み、すると即、情報は画面から消えた。おそらく対応がキャパオーバーになるから先着何組かの申込者のみ受け付けたのだろう。妻氏の行動力がすごい。
◆3月某日。保護猫シェルターで猫面会。

「QOL南大阪保護猫シェルター」はめちゃくちゃ普通の、ちょい懐かしめの民家だった。家庭訪問みたいやなと思いながら入れて頂くと、2階建ての民家の全ては、靴を脱いで上がったところのゲート扉から始まり、猫のための空間だった。
1階、子猫の養育室は成猫とは区切られていて、ケージが並んでいた。
自分はペット界隈を全く知らないので基準は分からないが、「ペットショップ」とは全く異なる安心感があった。
ショップには特有の悲惨さがある。今まで繁華街などで目にしてきたペットショップは、何か生理的に、薄皮の下の傷に触られるような奇妙な痛みの感覚があった。悲惨さというのか。
2020年代以降、動物愛護管理法の段階的な施行によって厳格化されたが、少し前まで歓楽街のペットショップには目を背けたくなる雰囲気が満ちていた。生まれたてを引き離す売買、売られるべきでないものが公然と売られているという悲惨。
ここは真逆の場で、そういう悲惨さがない。断絶のビジネスと、断絶へのレスキューとケア、その違いを実感した。

子猫5匹の兄弟姉妹のうち、里親募集を開始してから早々に2匹は譲渡が決定したらしく、残りは3匹となっていた。
ケージから放たれた子猫はコロコロ、とたとた歩き回って、かわいい、というよりも、つい数日前まで目の当たりにしてきた、死へと降りてゆく猫とは全く異なる「生命」の姿、急に命の真逆の側へと引きずり込まれたわけで、あまりのギャップに意識がくるう。

かわいい(つ ヘ`)
ちいせえ(つд`)
ちいせえ、なにこれ、
猫が小さすぎてびびった。こんなに子猫って子猫なんですか(混乱
生後1か月ちょっとの子猫の破壊力がやばい。
譲渡について、オーナー氏から具体的な確認がなされる。
「日中は家を空けていますか」「共働きですか」「帰りはどのくらい遅いですか」「家に誰もいない時は、誰かサポートに来れますか」etc、etc.
Webサイトで予習していた通りだった。譲渡の手続きについて、いくつか譲渡会やシェルターを比較したが、譲渡条件、譲渡契約前の住環境の確認、そして譲渡後の定期的な報告など、他の会よりもやや厳しめに感じた。
それで、信頼できると感じた。真っ更な猫をお金で買うのではなく、事情のあった保護猫を「里親」として譲り受けようというのだから、行ったらなんでもポンポン渡してくれるスタイルの方が、逆に不安になりますわな。
「猫の飼育経験はありますか?」「子猫から育てたことは?」「複数の飼育の経験は?」 何を訊かれても妻氏が「あります!」「いけます!」と連答する。凄い。キャリアの格が違う。私一人だったら即終了だ。人生経験もとい猫生経験が数十倍違う。
そもそも単身男性はこのシェルターでは条件外でアウトとなっている。シェルターによって譲渡条件は異なるが、だいたい単身男性はお断りのケースが多い。そのへんの理由や実態について掘り下げて訊いたらよかった。
「この子らは兄弟(兄妹)なので、できれば2匹で引き取っていただきたいのですが」
「はい!2匹のつもりです!」
『え!?』
\(^o^)/え?
聞いてなかった。うそやん 死にません?
猫1匹でもたいがい振り回された感がありましたが??😇
しかしオーナー氏の言は興味深いものだった。
「1頭だけよりも、2頭のほうが手間がかからないんですよ」
えっどういうこと。
「精神的に安定します」「2匹で仲良く遊ぶから」「特にこの子らは兄弟(兄妹/姉弟)なので」「なので飼育の手間も2倍になるわけではないんです」
あ〜〜。
それはリアルにそうだわ。あいつ(ちょび)、我々飼い主しか相手がいなかったからな、、、
「飼育費用も倍になるわけではないんです」「確かにワクチンや不妊手術はそれぞれにかかるが、それ以外のところでは単純に倍になるわけではないです」「ケージが個別に要るわけでもないので」
あ〜〜〜。
これらの話は、譲渡後の実生活で見事に証明されるのだった。いや、2匹でないとだめだった。
思えば死去した「ちょび」は、幼少期に棄てられた孤独な棄て猫だったらしく、猫にも馴染めず、人にも懐ききらない、しかしどちらかといえばヒト寄りの猫という、アンバランスな存在だったらしい。
産まれた時から一緒にいる兄弟(兄妹)とそのまま一緒に飼うことは、多大なる安定感をそのままキープすることに他ならなかった。よかった。
しかしなによりもシェルターの生活環境がめちゃくちゃ良いのが効いている。
シェルター物件、1階のキッチンと2階全体は成猫がほぼ開け放しで飼われているが、「飼われている」というより「住んでいる」が正しかった。
どの猫も保護猫なので、それぞれの事情があるはずだが、毛並みも顔も綺麗で、肉付きがとても良かったのが、今も強く印象に残っている。

肉付きがむちむちで立派でした。

人なつこくてむしゃぶられてるの図。妻氏「あっあっ」オーナー「大丈夫ですか!?」妻氏「あっぁっ🤤」猫中毒者はそういう生き物
ここの猫たちは安全な暮らしを保障された人間と同じ姿をしていた。
暮らしが顔に出る、とはよく言うが、ヒトに限らず動物は皆同じなのだと知った。
みんなすごく良い感じのねこだった。実際、その後も成猫たちも次々に引き取られていったようだった。
◆(家内協議と受入準備)
正式な譲渡を受けるにあたっては、色々と事前準備が必要だった。
そんなにたいそうな準備はないが、段取りがいります。
2匹 or 1匹 どうするかの話は、持ち帰り検討とはしたが、「ちょび」が孤独だったことを思うと、2匹にしてやるべきだと思い、この点は即決だった。
環境。
飼育環境や飼育ルーティンは前の「ちょび」のものをそのまま適用できるので楽だった。窓はあけない、通気のために開ける窓には隙間を調整するロックを仕込み済。居住ベースには前「ちょび」部屋を使い、段階的に部屋を解放していく作戦です。
そもそも「完全室内飼い」が譲渡条件でもあるし、ねこを屋外に出すとただ単に迷子になるだけなので、元より閉じ込める想定。
ただ、しつけと老成で完成されきった「ちょび」と、今後どんどん右肩上がりで成長し続ける生後数ヶ月の子猫とでは、好奇心と行動力と運動機能が比べ物にならない。「想定外」が生じないよう、妻氏の経験から色々と対策は講じているが、ここは今なお試行錯誤。
玄関から飼育部屋までの動線、脱走経路の有無、脱走対策の有無などについて、本来はスタッフが家を訪問し確認に来るのだが、家が遠方なので写メ・動画対応でOKとなった。
ケージ問題。
「最初はケージに入れておいてください」「トイレに失敗すると、ずっと失敗し続けてしまいます」「1発で成功してケージ要らなかったという人もいますし、それは人(猫)それぞれです」
これは、居場所となる部屋を限定し、更にトイレを2つ用意することで、最初から完璧にトイレで排泄してもらうことができた。ねこは、賢い。エッセイマンガで酷い例を見すぎて身構えていたが、もっと賢い。
おもちゃ問題。
「猫のおもちゃも買ってあげてください」
これは微妙。ねこは人間の発想を完全に迂回する。何をおもちゃと見なすかは、ねこのその時々の興味・関心によるので、凝ったおもちゃであればあるほど、おもちゃと見なしてくれなかった。
シェルターのように、個別の飼育ケージ以外何もない空間だと、おもちゃで遊ぶしかないが、民家の人間の部屋を生活場所に充てると、あらゆるものがおもちゃ候補になるのだった。それこそ、レースカーテン、ティッシュペーパー、ゴミ箱の中身、絨毯のへり、サプリの個包装、全てである。

縄みたいな毛玉をまきつけた回転遊具と、木の球体を回して上に登らせるバベルの塔、2種類のおもちゃを用意。しかし・・・。
◆2026.4/2 名付け
問題は名前だった。いい名前が思いつかない。
擬音語擬態語みたいな一般的な猫名(にゃんきちとかチョロとか)はどうもイヤで、どうせなら「キャンキャン」「アネキャン」ぐらい罪深い方が良い、よくねえよ、
「アネトン」とか「パブロン」も趣深いのだが業も深い。悪くはないな、積極的に採用したいが
「燕子花」「花菖蒲」「女郎花」とか和に振るのも良いが呼びにくい。
「マルクーゼ」「ホルクハイマー」「ローゼンバーグ」などと横文字が言いやすいしかっこいいけどまだ呼びにくいやん、2文字から3文字がベスト。
「ネグリ」と「ハート」は可愛くない。
「ギネ」とか「ウロ」とか「ケモ」とか呼びやすいけどそれはどうなんや、
じゃぁ偉人から名前引用して縮めましょうか。
あっ。
テリ・ワイフェンバック(Terri Weifenbach)
ナン・ゴールディン(Nan Goldin)
\(^o^)/
⇒「てり」「なん」に決定
後者は将来性というか健康に不安が残るが、まあ不妊手術の際に麻酔薬にハマらないようにしたいですね。
譲渡まであと2日という追い詰められた中で、職場から帰ってくる電車内で全力で考えてなんとかなってよかった。
まる2週間、ねこ引取りまでねこ抜きライフを送った――いつしか春が到来していた。






ろくでもない生活をしながら、そうこうして準備が整い――
◆2026.4/5(日) 正式譲渡日
( ´ -`)ノ 約2週間ぶりに2匹と面会。
なんかちょっと大きくなった…かな、
「めっちゃ大きい!倍ぐらいになってる!!!」と妻氏exciting。そうなんか… 倍…
( ´ -`)(※あまりわかってない)
譲渡当日は、ねこを引取りに行くので、キャリーと、不安を与えないようタオルケットでの覆いが必要。譲渡契約書を取り交わす際に、1頭あたり3万円の支払い。これは「運営協力金」で、保護してからの猫の生活の一切を見ているため。
なお、今回は産まれたての子猫ゆえ、まだ麻酔もかけられないため、ワクチン接種、不妊手術などは引取後にこちらで行う必要がある。
ワクチン接種は生後2カ月から打てるが、不妊手術は6カ月以降となる。
ただ、猫の身体としては、早ければ生後4ヶ月くらいから妊娠可能となる。そして兄弟姉妹間でも構わず交尾・妊娠してしまう。早く処置できるに越したことはないが、麻酔の負担を考慮する必要がある。
オーナー氏からこの子らの過去を教えてもらった。
親がそもそも生後5ヶ月くらいの子猫で、妊娠しており、保護して5日目に出産したという。
産んだは良いが、授乳など、親猫としての役割を果たさず、幼猫を放置してしまい、6匹産んだうち1匹は既に死んでいて、残り5匹も動かなくなっていた。施設側が手当てに走り、幼猫5匹はなんとか生命力を取り戻したと。
なかなかにハードな生い立ちだったのでびびった。同時に、子猫の時点で生殖能力を持ち、さらには兄弟姉妹間でも近親交配してしまうということも、まあまあヘヴィーな警句として刺さった。やるんかおまえら・・・。やってしまうんか・・・。やめてや、、、
譲渡契約書を取り交わして、無事に譲渡が完了した。
1か月後、定期報告ということで、写メや動画をオーナー氏に送ることになる。
お世話になりました~。
なお近くの「植木市」に立ち寄ってみたが、あんまり植木売ってなかったな。


90年代の花博の亜流みたいなキャラがいて良かった。九尾の狐ですかね。


売りものか何かわからん花とか。

※ねこです。
キャリーをタオルで覆って不安をなくす。なんか小さい声で「ニャ~~」て聴こえてくる。なん(黒猫♀)がか細く鳴いてる。がまんしてな~。
車中も全然騒がないし暴れなかったので、すこぶる楽だった。
◆そして家にようこそ。
新居ですよ。

じわっと出てきた。
「みゃぁ~」「みょん~」
よたよたしながら出てくる。長期収監されてた囚人みたいな動きをする。
まずこの世界が何なのかを知ろうとしておる。
遊具をあたえてみましょう。

「???」
あんまり分かってないな、
とりいそぎ最初のミッション「トイレを覚える」をやりましょう。

この猫砂がトイレだよ~~ してね~~
この時点では猫砂を理解した程度。
ほどなくして2人ともちゃんとしました。覚えが早い。
これにより個別のケージは不要に。部屋の開け閉めの管理だけ。
腹が減ったのではないか。パウチをどうぞ。


食べてる食べてる。
ナン(黒猫♀)が押し負けてるな、というか腹が減ってないのか何処かへ行ってしまった。
食事のたびに、テリ(キジトラ♂)が食べるの速いわ力があるわで、ナンが徐々に追いやられてしまう。
数日後、パウチのおいしい飯を皿に入れた際には「テリが食うの速い」「ナンが押し負けてご飯をとられる」ことが確定したので、皿を分けて平等に食べられるよう調整をかけながら与えることにした。
なおカリカリのドライフードだとありふれてるためか、ご飯サバイバルにはならない。

ちょっと舐めてすぐ離脱したナンちゃん。どこいくん。

陰とか隙間が好きなのは猫の性質らしい。

てりはまだ食べてる・・・
この食いっぷりの良さは2026.5月末現在も健在。ナンちゃんは今も食べるスピードと量が控えめ。

ダブルトイレにしたので安心感があります。猫砂の感触を知ってもらえたらもう間違いはない。猫エッセイマンガみたいな傍若無人、トイレ行為の乱れ、トイレ後の排泄物を蹴り散らかす、などの問題行動はなく、たいへん安堵しました。ベースとなる躾が出来ていると本当に樂。
◆二人の世界
ほどなくして猫たちは二人の世界に突入した。生後3~4カ月となる現在こそ度合いは減って、人間=我々の方へ関心のウェイトが移ってきたが、来た当初は完全にねこ二人の中で完結していた。これは、当初は我々人間を何者とも認識していなかった可能性がある。














※これを延々やります
実写版DBZですよこれは。すごい動きだ。死にかけの老猫の看取りをしていた人間からすれば、驚異的なワイルドセンス。なんかもうぐるぐる回ってるんだけど3次元+αでもみ合ってるのが何と戦ってるんだか全然わからん。わからんけど間合いをとって間合いをつめてそして組み合ってぐるぐるドタバタやっている、なにこれ、レスリングと剣道とボクシングその他様々な格闘技の、、、もにょもにょ、もにょもにょ、押したり、掴んだり、ねじったりねじれたり、転ばしたり、回ったり、、、
改めて動画を見返してみると、この時は二人とも体格差があまりなく、けっこうナンちゃんが体当たりをしかけてテリを押し倒している。2ヵ月弱が経った今では圧倒的にテリの方がガタイが良くなってしまった。
結局はシンプルなおもちゃを好むのが動物のサガでしてね、かつて「ちょび」が全然食いつかず放置してた毛玉ボール(猫じゃらし)をチラチラすると、食いつく食いつく。



獣の顔になるのが新鮮でした。
なにせ何度も言うけどもう死にかけの老猫を相手にしてたから、猫=獣ではなかったんですよな。それが、ちゃんと獣を見せてくれてる。
幼すぎて獣と呼ぶにはもちゃもちゃしてて可愛いが、、、 なんなんだこれは、ぬいぐるみと獣の間の存在が不器用に手を突き出してくる。(かわいい
猫釣りをします。これで一日が終了する勢いで終わりがない。





かなりのスピードで動かしても「ビュッ」て突進してくる。すごい身体能力ぞ。
けどまだ四肢の使い方、股関節とか尻の筋肉の使い方がなってないので、飛び掛かる前の「構え」がうまくできず、ただくるまって寝てる状態に。なんかへんなポーズだな。







寝てるのではなく、助走代わりの「溜め」「構え」のつもりがこれ。飛び掛かるための準備動作なのだが、身体の使い方がまだわかってない。妻氏が「おしりあげるねんで!」と親代わりに指導している。さすが手慣れてはる。
まだ体がふにゃふにゃなので、スピードを出すと自分でも制御しきれず、方向転換できなくて転んでいる。ぺちゃん。なのでしばらくは真っ直ぐに突進するのみ。




結局は人間が動かすのが一番食いつく。
二人とも爪が出まくっていて、ちゃんと引っ込めてくれないから、何かの拍子に掴まれると相当痛い。小さい子供のいる家庭では、子猫は取扱注意だと思う。
◆そして夕方・・・

妻氏の足にかじりついて寝ているナンちゃん。黒いので同化してて見えん。

トイレを覚えたのは良いんだけど、猫砂を口に入れたりするから油断ならんのよな。行動が読めん。


男前になる兆しがありますね。ねこは何やっても褒められるから良いな。Threadsでゴキブリみたいな生き方しか出来ない人間どもは皆ねこに生まれ変わると良いですね。ゴキブリみたいなねこが生まれてしまうのだろうか。

ナンちゃんは爆睡。慌ただしい一日でしたね。黒すぎてコンデジ、スマホのピント・露出処理がうまくいかない。デジタルを逃れゆく猫。
テリさんはまだ探索を続けており、カーテンの周りが気になっている。基本的に上からぶら下がってひらひらしているものを見るとやばい。いつかはやられる。



なおこの後、カーテン留めよりもレースカーテンのほうが興味関心の爪の標的となり、たちまちにして全体重をかけられ、ビリビリに引き裂かれ、幽霊屋敷のようになりました。ええよ好きにしてもう。

雑誌その他スクラップを神妙な顔でながめている。
ファッション雑誌をめくって見せてやったが中身に興味があるわけではなかった。

あ 寝た。
おもちゃみたいな挙動をするなこの子ら。



一度寝るとふにゃふにゃ。生き物とは思えん。そういうぬいぐるみのような。不思議な生態だ。

アイコンとなってしまった。

ねこは平面であり、記号である。肉体を超えて、メディアを超えて、すべての次元をすり抜けてやってきては、またすり抜けて複数の次元に跨って寝転ぶ、いついかなるときも不確かな存在。シュレーディンガーの思考実験に用いられたのは偶然ではない、あれこそ本質だったのだ。いつどこにいるか、どこへ去っているのか、分からない。確率なのか。実在なのか。ねこは、何だ。
( ◜◡゜)っ つづく。