nekoSLASH_記録編(日常・登山)

『nekoSLASH』分家。日常、登山、廃墟、珍スポットの記録集。

【旅】R5.8/14-15_④(完)倉敷美観地区、防蛾灯の夜

1泊2日の永遠のなつやすみ・瀬戸内ツアーレポ、最終回です。

尾道から倉敷に移動して、風雅と歴史の香る美観地区の古風な壁を愛でて、消費者欲望スイッチが入り散財。最後は果樹園の防蛾灯へGo。

 

8月15日昼以降は、台風7号の存在を常に意識しながら過ごした。歩く時も乗ってる時も食ってる時も、台風7号。ドキドキ

職場から「明日朝7時から台風7号の警戒態勢をとる、参集可能か報告せよ」と連絡がきたので、「むりどす」「夏休みをするどす」と回答、ハラが決まったが、計画運休が気になって数分おきにJR西日本のページを見に行く小心者。さらにいそいそと職場に配る用の土産を見繕うなど、小心者をさらに極める。

 

 

ゆかいな3人の旅、おさらい。

hyperneko-daily.hatenablog.jp

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尾道⇒倉敷への移動の記憶がない。気付いたら倉敷にいた。正直、珍だの廃だのアート(笑)だのをやり倒してきた私が今更「倉敷美観地区」のごとき、誰でも行く超メジャースポットに行っても、やることはなく、見るべきものはない。

 

・・・と思っていた。もう自分の中で「旅」スイッチはオフ、ほぼ終わっていた。終わっていたはずだった。

だがそれは、まやかしであった。めっちゃテンション上がったのわらう。消費が私を駆り立てる。ミッフィーは、劇薬だ。認めよう。薬だ。

 

 

■15時過ぎ_アイビースクエア

なんか疲れている。これが登山やってた人なのかと思うぐらいなんかこうぐったりしている。駐車場に着いて「これから美観地区を歩かなあかんのか・・・」とぐったりしていた。精密検査受けた方が良いんじゃないか。うけへん。黒酢を飲んでいるか。のんでへん。副腎疲労だ。あい。

 

「美観地区はアイビースクエアを抜けて行けるようです」はい。ぬけます。アイビーリーグと何が違うのかわからん。倉敷紡績所(現クラボウ)の工場の外観や植木を活かしたホテル、宴会、披露宴などの総合会場である。け、け、けっこん。しょ、庶民が、け、け、けっこんをしていやがる。り、龍のすみかだ。(呂布

 

立派だ。蔦が見事すぎて自撮り、ポトレをしている人々で賑わっている。ハレの舞台としてよりも近代産業の歴史に目を向けたいところだが、ハレハレ、ハレハレしているので、それは無理で、しんけいがめいる。「倉紡記念館」に入るのも今回は違うので(このへんは旅の趣旨とかテンション、プランとかの兼ね合いがあります)、さらっとやります。

www.ivysquare.co.jp

もうちょっと工場の重さが残ってたら良いのだが、めでたい場所になってるので、日陰者には辛い。なんせ、結婚。結婚式場、挙式の会場であるから、ウェディング情報が襲い掛かってくる。ウッ・・・ あ、あたまが・・・!! ああッ!深刻なフラッシュバック!!全身を切り裂くいかづちに襲われ、理性が焼き切れたため、気付くと一人で変なところに立っていました。マ"エ"ッ(つд`)

 

 

■15:25_倉敷美観地区:ミッフィー狂い、備前焼

錯乱し、気が付いたらミッフィーにいたんや。ここで小唄氏&みっこはんの2人と合流する。2人ともなにしとんすか。ミッフィー。

 

ミッフィー!!???

あかんて。これはあかんて。

 

ミッフィーのパン焼いて売ってる、

あかんて。

人間の理性をなんやとおもうてんの。脆弱なんやぞこっちは。ああっ。

 

あああああ" ( ´ ¬`)

 

あああああああああああ"( ´ ¬`)( ´ ¬ ` ) 

 

クオリティの高い「カワイイ」が大群で襲ってくる。

もう可愛いか可愛くないかを判定できず確変で設定ガバッたぱちんこ台みたいになっていてだめです。

日常生活のあらゆる場面、衣食住に沿った形でミッフィー製品が展開されており、無用で通過できるものではありません。なんか狂騒状態になって真剣になってた。

よく考えたら「みっふぃーきっちん」は美観地区だけの店でもない。全国9店舗あり、京都・祇園にもあるらしいので、倉敷で買わんでええやんと今なら思えるのだが、その瞬間はメンタルが壊れていたのだろう。不動産とか証券買わなくてよかった。

miffykitchenbakery.jp

 

使い道がないのに買っとる。「これ小物入れになっててSDカードとか入るねん」小学生みたいな無茶苦茶な言い訳をしている。しかも誰も止めていない。自分の大脳あたりに言い聞かせているのだ。意味が分からない。

狂騒状態になるのは、観光客がやたらめったら多くてごった返しているせいだ。祭事のない祭りの状態になっていて、  理性が  とぶ。とぶわ。新型コロナ禍から丸3年が経過し、世界は、市場は、消費主義に基づくかつての狂気を取り戻しつつある。馬鹿騒ぎをしていなければ理性と秩序を保てないという人類社会の矛盾。そうだ。私は狂った欲望を肯定する。と言いながらエクスキューズを求め、それに先回りで応えるように、全てのグッズが実用性を帯びている。理性を捨てきれずに祭りに参じる大人向けの構造をしているのだ。LOVE。

 

キ○チン。

雑踏に戻ろう。

 

ラムネ片手に倉敷川のほとりでくつろぐ観光客の群れを見ていると、小洒落た酒屋「地酒土手森」で買われたものだと知れる。こんちは。小瓶やラムネを眺めたりします。きれいなガラス玉やねえ。きらきらしよる。ラムネの清涼感が反則だ。

dotemori.a.la9.jp

ここで酒瓶を買い増すと完全に詰むのでがまん。

 

 

数件隣の「花むしろ」では備前焼のカップや猪口、徳利、色々な品が並ぶ。へえ備前焼か、好きな人は好きでしょうねとぶらぶら眺めていたが、カップ、ビアーマグを手に取っていたら、土と金属の間のような軽さと硬さ、ざらりとした感触が気になってきた。

これでビールやコーラ飲んだら良いんじゃないか? 良いのでは??

おゴッ(嚥下想像音にアドレナリンが混ざる音)

WW2、鉄が不足していた日本で作られた備前焼の手榴弾。実用はされなかったらしい。創意工夫はすごいが・・・。

 

後に、他の店を見ている最中にも、備前焼カップを手に取ったときの感触の心地良さがどうしても気になり、また、どこぞかの居酒屋でビールを飲んだ際の心地良い感触も思い出され、記憶と印象が混ざります。欲望が喚起され、また店に引き返してきて長考。

最も手にフィットし、お値段も手ごろな子をお買い上げしました。小西陶古(とうこ)さんとこの品である。

 

それ以降、家で何となく使っているが、私はビールを飲まないのと、水道水ばっかり飲んでるので、この子の真価が分かったような分からないようなあれです(生活が雑)、

でも良い( ◜◡゜)っ廿

 

 

 

「WOMB BROCANTE 倉敷」(ウーム ブロカント)はかなりいい感じのシンプル × お洒落の雑貨、服、古道具の店。1階が新品、2階は古道具。

ここは気になる品揃えで、大容量のラフな鞄が気になったりする。近所のホームセンターで探すべきではと理性が戻ったりする。2階で古い試験管セットが気になるなど。

 

shop.womb-brocante.com

 

「倉敷美観地区は、大人が何歳になっても楽しめる、層の厚い観光地なのではないか」という確信が深まった。年齢に応じた文化・商材の層が幾重にも重なっている。これは新しい発見だった。昔ここに来た時は私も血気盛んだったので古道具だの焼き物だのは興味がなく、それどころか来たのは真夜中で、1軒の店も開いていない中、無防備な美観地区を脱がすようにして長時間露光で撮影したのだ。裏技ばかり使いたがるのだが、歳をとってようやく真正面から挑むことを覚え始めた。まあね。

 

 

■16:25_雑踏、デニムストリート

川沿いを歩きながら、よさげな店が現れる度に入っては丁寧に舌なめずりしながら賞美、出てはまた隣の店に入ることを繰り返し、なかなかの意欲と集中力を発揮しているのだが、これで時間内に美観地区を回り切れるのか。序盤でこのざま、まだまだこの先、我々の心を揺り動かす店が登場するのか。ときめき移動します。やはり水辺は人を狂わせるんですよ(川沿いラブホ理論)。

3年ぶりに有象無象の「雑踏」を体感してうれしい。これだよこれ。四方八方からわけのわからぬ動きをする見ず知らずの人間たちが、国籍もよくわからん人間たちが、目的もなく人生を謳歌したりしなかったりしながら蠢いている様。そう。そうでなくてはつまらん(中尾隆聖の声でご再生ください)。

 

「デニムストリート」なる青い一角が目に留まった。倉敷の児島地区では1960年代、国内で初めてデニムが作られた、「国産デニム発祥の地」であり、伝統×特産物として精力的にフィーチャーしているようだ。その歴史や他のデニムとの違いは以下に詳しい。

thegate12.com

denim-st.stores.jp

デニムデニムした店、アイコン、青色で迎え入れてくれる。店がそんなに多くはないが、デニムやジーンズに興味がないのでボリューム感を理解していないだけかもしれぬ。全部同じに見える。青いアイスだけ食べた。ソーダ味。

「日本郷土玩具館」「倉敷民藝館」が登場。何でもあるんやな美観地区。博物館系も一度は行っておきたいが、到底時間が足りない。それらの館に挟まれて「くらしき宵待ちGARDEN」というちょっとセレブな装いの施設があり、中に入っているのが「きび美ミュージアム」だの「イタリア料理 星のヒカリ」だの、セレブだ。やだあ。Semi-Revolving paymental Vtubers。うそです。

www.kurashiki-yoimachi.co.jp

 

 

■16:50_古い町並み(真)

観光をしつつも観光に収まらないポイントが欲しい。珍の血が疼く。ないか。

歩いていたら店舗の並ぶストリートとの間に古い町並み、なまこ壁の連続する裏道を見つけ、3人は静かに撮影モードに入る。だいたい反応する対象や世界観が近いのだ。心の中がシェアハウスで繋がっているのかもしれぬ。やだあ。

 

「旧倉敷銀行跡」の裏通りあたりがずっと歴史的な美観を保っている。だが観光客がいない。なぜか「店がない=何もない」というマインドセットになっているらしく、全員スルーである。なまこ壁や時代劇に出てきそうな白壁はある。

あるのだ。あるのだが。

 

一般人の「見る」とか「撮る」というのは何かしら見本・手本を前提とし、理想・模範的なイメージを反復することで成り立っている。何も与えられていないところからは、見る行為、撮影行為は発生しないようである。教育・訓練や商業的影響が「見る」「撮る」行為の形を作る。インフルエンサーやYouTuberがなまこ壁を美しく撮って売りになればそれが模倣されるし、そういう「視点」が提供されていなければ、「美観」地区は「何もない」通りとしてそこにあるのだ。

手本の模倣と崇拝に自己顕示欲と収益性が絡まり合って、最悪の花を咲かせているのが現在の世の中だ。誰も見向きもしない白い壁を撮っていると、内臓が温まる思いがした。

 

 

■17:10_林源十郎商店(アチブランチ)、苑工房

人通りの多いメイン通りへ戻ってきたら、古い建築事務所のような物件があった。「林源十郎商店」、中は良い感じの商店があるようだ。誘惑再び。吸い込まれます。

genjuro.jp

genjuro.shop

 

( ´  k` )゛ うわあ良い、、、

 

あかんぞこれは良い(喜

 

「アチブランチ」、これはいけませんなあ。はっはっは(喜

ああ、、良い(喜

https://www.instagram.com/atiburanti/

紙質のよい便箋とか、いい手触りの食器とか、布製品とか、素材の風合いが素晴らしい品が色々あるねん。あかんて。素材が生き生きしているんや。あかん。あかん。古風な婦女子のやうにだめよだめよと繰り返してゐます(喜

 

(  >_♡)ああっ(変なオクターブの声) 

 

瞳孔がハート型に開いていたと思う。ベラドンナを散布していたと言われても疑わないよ私。実用性のないものは美しい。それは生活の時間と空間に広がり、膨らみをもたせるんだよ。登山をやるようになってから機能性にあまりに寄り過ぎていたが、機能を持たないものの良さに開眼しそうになる。宗教やで。危ないなもう。アゲハ蝶のモービルと縄文土器の欠片を買った(意味がわからん

 

本館+3つぐらい離れの建物もあり、店が意外と多い。危ない。凝った衣服までちゃんと見てると宗教になってきて危ないのでほどほどで切り上げます。だんだん夕暮れも迫ってきた。

 

縄文土器の欠片だが、家に置くとアイスのコーンの化石、あるいはめちゃくちゃ質の悪い油で揚げたスーパーの安い揚げ物みたいになってもうてて、これ縄文・・・ これが縄文・・・? ほんまに?平成のスーパー揚げ物・・・。いや、もう言うまい、

 

歩くと広場(阿知町広場?)に出たが、祭りの準備だかをしていた。これ明日の台風で提灯ぜんぶ破り倒されるんじゃないのか。観光客も帰ってしまって全滅なのではないか。イベント主催者の身を想像し、たいへんやなあと思った(思っただけの人)。

「よみせ」(夜店)というより「よせみ」(夜蝉)に見えて良い。

「買い物」と「夏祭り」だけを繰り返すミニマルな夏休み、これは消費社会の奴隷・完成形です(誉め言葉)。

 

通り過ぎた店にみっこはんが「やっぱ行っていい?」と食い付いて飛び込んだのが「苑工房」である。

植物系の蝋細工かなと思ったら、本物の花や葉、実を謎の技法で加工、乾燥保存させて作ったアクセサリーである。しなやかにして硬く、装飾に実用できるという、驚異的な品である。しかも2~4千円とかで普通の値段という。

なお色味は、初めは生の植物の色だが、時間経過によって革製品のように茶色く移り変わっていく。長く使えるのが特徴だ。

www.en-kobo.jp

 

「セルフうどん発祥の店」、これはもめるぞ歴史。批評家の意見を聞こう。

 

 

 

■17:25_古い町並み(真)2

最後のダメ押しでなまこ壁をやります。美観とは歴史のことに他ならない。

 

風がおかしい、夜と台風が近付いてきている。観光客は潮が引くようにいなくなった。帰り時か。人が減ってくると「美観」だなと素直に思うようになってきた。景色とは変成し続けるものなのだと知る。人間やね。人間がおらんかったらええんやね。ほらまた倫理が落ちましたよ。罰。

我々も本当はさっさと帰還すべきだろうが、最後に岡山の赤磐市、果樹園の防蛾灯が灯っているところを撮らないといけない。つまり結局は夜まで現場に拘束されるのだ。勤勉すぎませんか我々。どっかからお金もらえるレベルで頑張ってる気がする。趣味とはそういうもんですね。文化は余剰から常に生まれる。はい。台風台風。

 

 

■17:50_アイビースクエアから戻る

中庭でビアガーデンを開いていたが、台風が迫って来る中をギリギリまで耐えて飲むという状態なのがすごい。大衆は勤勉である。義務教育の賜物であろうか。

アイビーさんも実際良い建物だが、やはり紡績工場の色や影がほぼ無いので、それが残念ではある。工場ともっと婚姻したらいいんですよ。機械となればよいのじゃ。わああ。盛り上がってきました。

 

くそ疲れているが来た時よりも元気になっている。なんでや。

 

 

■19:45 岡山・果樹園の防蛾灯

移動の車中では今後の作戦を話し合った。JRの終電に間に合わなければならない私とみっこはんの帰還方法/離脱ポイント、当初の予定からの変更案、現在の渋滞情報と姫路、芦屋の到着予想時刻。小唄氏の東京への帰り方、高速バスへ振り替えたことでの長時間乗車対策。防蛾灯へのアクセス・・・。そういった具体的な作戦について、小唄氏とみっこはんの二人が計算して話し合っていた。私はミトコンドリアのはたらきが悪いので、だめで、ええと、あの、その、wqwr( ´ ¬`)

 

『ニンジャスレイヤー』と『宝石の国』がどれだけ読む価値がべらぼうに高いか、みっこはんに二人でワーワーワーワー教示していたら、下りるべき出口を飛ばしてしまった。ああっ"。この状況下でタイムロス。緊張が走ります。しかし何とかなった。

 

防蛾灯とは何か。

www.city.akaiwa.lg.jp

 

「デイリーポータルZ」に良いレポがあります。

dailyportalz.jp

 

いやもうほんま、まさにこれをやりに行くんですけど。

 

(  >_<) 先行記事あるやん。

なんかジャンル問わずあらゆる事柄、あらゆる珍奇や珍妙、廃墟や絶無について、思いつくことやること為すこと、全てが「誰か」がよりうまいやり方で的確にやっていて、しかもマネタイズまで行われている状況が何年も続いている。私らのようなこうした個人の「趣味」は、一体どこまでの正当性を自分自身に対して持ちうるか。じゃあ自分は自分に対して、その外部に対して、何をどう与えてみせられるのか。その答えを用意するつもりはあるのか。いきなり問いに襲われまして。襲われましたよ。脆弱かつ無防備すぎる。問いは熊に似ている。それは唐突に目の前に歩いている。気付いた数秒後に目が合い、そして、爪が、牙が。

 

危険な細い道をぐねぐねと走り抜け、辿り着いた夜の果樹園。ああ、確かに光っている。棒状のサイバーな黄金灯が間隔を空けて光を放っている。

煌々と防蛾灯が縦長い光を放つ果樹園を見下ろしながら、「この無数の明かりに包まれる非日常の体験を、一体どうしようというのか・・・」私は眩暈がしています。これ以上ない非日常の極みの真っ只中で、私は崖に立っている遭難者のように困惑している。「これをどうすればいいんだ?」

 

灯りは優しいようで電気的な冷たさと硬さに満ちている。ここは楽園でもエンタメでもない。物語にもならない。自然を機構化した工場である。蛾の姿は見られなかった。物語が生じるとしたら蛾か桃がもたらすものだろう。どちらも無いんや。物語が排された後の場所がここには広がっている。私は物語ではないところから何かを始めなくてはならないのだと思った。無理だ。そんな技術はない。

月並みな方法論を挙げる。体験から物語を作るのか、体験を記録するのか、同型物を収集するのか、事実を掘り下げて描写するのか、素材としてカットアップするのか、無意識下に落とし込んで溶かして混ぜるのか、一切を停めて体験型消費として終わらせるのか、etc、etc。

防蛾灯はこちらを照らし続けている。手足の影が道路に映る。辺りが暗いため目に映るものが実際の車道なのか心理的な視界なのか、境界が定かでなくなっている。四肢をピンで留められて逃げ場を失ったように私は硬直している。桃でも食うしかないのではないか。いらん。

 

( ´ - ` ) 帰るよ。

 

 

■21:55 JR姫路駅で完

高速の渋滞がかなりしぶとく続いていたが、胆力を活かして何とか抜け出し、その後もずっと走り続けてもらい(※運転は全て小唄氏)、JR終電までの余裕を十分に残した状態でJR姫路駅に辿り着いた。小唄氏に感謝申し上げます、きみがよを捧げたい。ウエェー(歌")。

線路の立ち入りだとかでJRのダイヤも乱れていて、いつ何か来るのか分からない。ホームに上がったらまったく丁度のタイミングで新快速がやってきた。乗り込むとすぐに発車した。車内でみっこはんが、共通の写真仲間が無事に出産したというLINEの報告を見せてくれた。おめでとうございました。私の山行レポblogを読んだ師匠から「面白かった」と感想が来た。台風も来ている。じわじわ来る。

旅なあ。防蛾灯なあ。どうしたらいいのかなあ。10年以上前から同じところを回っている気がする。回ってるんすよ。だが回転から生まれる力や円舞もある。回転を見よ。円を見よ。何度でも回り続けるしかないのかもしれない。膨大な労力と愛をこめて。桃食うか。食わへん(´・_・`)

 

 

( ´ - ` )完。