nekoSLASH_記録編(日常・登山)

『nekoSLASH』分家。日常、登山、廃墟、珍スポットの記録集。

【登山】2024.10/26_御在所岳(中道ルート→一ノ谷新道)

3人パ(ねこを自称する社畜、隣人が発狂ドンドンで眠れない写真家女子、子育て中ママ)で挑む、関西トレーニング的登山。

「鈴鹿山系の御在所岳は人気が高くてハイキング的登山に最適」という印象が強かったのだが、行ったら普通にガチ登山でした。どこがハイキングや。ぐえ。

 

 

全体で、登り3時間、下り2時間半、昼飯等30~40分、トータル6時間強。

標高は1,212mとしれているが、地形がやばい。登りに登らされ、非常に密度の高い山行になりました。グエッ。どこがハイキングやこれ。

 

コースを確認。

青が往路の「中道ルート」、ピンクが復路の「一ノ谷新道ルート」。この経路設定は実に正解だった。

というのも「中道ルート」はバリエーションに富んだ景色と地形を誇り、森より岩場の方が多いぐらいで、次から次へと空と岩を望むビューポイントが現れ、それでいて絶えずしっかり登らされるので、本当に優秀な登山道です。ありがとうございました。

 

対照的に「一ノ谷新道ルート」、これが地味で地味で、山頂付近は胸ぐらいまで笹があり人間一人がやっと通れるぐらい狭い道で、ルート全体はほぼ森の中に閉ざされていて岩場はなく(巨石はあるが登る岩は無い)、木の根と地面のレベル差が激しくてめちゃくちゃ下りにくい。地味な道場である。

 

なお2012年の山行はこのとおり。

hyperneko-daily.hatenablog.jp

hyperneko-daily.hatenablog.jp

おかしい。12年前も思いっきり登らされてる。記憶がおかしい。

なぜ「ハイキングも同然」などと記憶を改竄していたのか。楽しすぎると人間は記憶の質と形を変更してしまうようだ。「御在所岳」=「メジャーすぎてハイキング的な、楽しいだけの山」という印象と記憶しかない。

実際、ヤマレコ、YAMAPでもそういう雰囲気があり、風景良くていいよね的な。「とりあえず行って登ったらええねん」と、予習なしで適当に行きまして。まさかこんなガチ登山になるとは。思わんかった。

3人とも大量に汗をかいて、思わぬ強化訓練でした。

 

 

◆JR高槻駅 出発(7:10)~中登山道口(9:30)

仲間に車を出していただき、順次合流。近いとはいえ三重県菰野市、渋滞だのSAおやつだのとなんだかんだやってると9時を過ぎます。するともう駐車場が全滅。溢れた車が鈴鹿スカイラインのめぼしい隙間に路駐しまくっている。

 

我々も何とかしました。あせるわ。

ぎっちり駐車されたる。

 

スカイライン沿いに建つ小粋な小屋は「一の谷山荘」。早朝登山でさっさと下りてきたら宴のご褒美もありすか? 関西圏に住んでいたら泊まることはないか。なんと一棟貸し切りの宿なんですって。どういうニーズに応えてるんすかこれ???

www.mountain-cottage-ichinotani.com

サービス、アメニティがすごく現代的。ニーズがあるのがすごい。車道すぐ傍、駐車場も豊富、往復5~6時間で行けるコンパクトな山だからこそあり得る業態なのだろうか。

 

この小屋の隣にある脇道が「一ノ谷新道」の登山口になっている。帰りはここに下りてきます。

我々の目的とする「中登山道口」はもう少しだけ離れている。

はい「中登山道口」。

いつも山に行くたびに入口が分からなくて迷子になっていたが、今回は極めて簡単。もう終わったようなもんです。完了(※この時点ではなめきっています)

 

まだこの時点ではハイキングなのだと思っており、一切下調べもしていないのだから、これはハイキングなんですよ。認識が世界である。

 

 

◆登山開始(9:40)~3合目(10:00)

いやもうぜんぜんハイキングちゃうし。

始まって1分以内で普通に急角度を登らされて、終わる気配がない。地図を見ると標高線がしっかり詰まっている通り、ほぼずっとこのままガチ登山で登りです。登り始めの写真が無いのはたぶんハイキングだと思っていたから。いたからさ。

 

珍しく入口から低山帯がスギ林ではなくランダムな木々の生え方になっていて、手元には砂岩のがつがつした凹凸がくる。そこいらの山より山らしい山だ。マジ山ですやんか。

植物がありますね。愛でましょうね。やはりナメているので植物を愛でています。ただ、何の植物だかわからん。

苔が意外と多い気がする。こけこけもふもふ。急角度をぐいぐい登る。暑くなってきました。台風21号が南西諸島の下をうろついているせいで、雲が空を覆い、微妙に気温も20℃台をキープし、それなりに寒いだろうと思って長袖2枚を着ていた我々をいためつける。暑い。

登らされますね。ヤクザはシノギを、ヤマ屋はノボリを食いぶちにします。ゲー。

 

登ってる最中は「ハイキングや言うたの誰や」とぜえぜえ言い、あついあついと言い、3人とも唸っていたのだが、写真で見るとなぜかハイキングとしか言いようのないコース風景ばかりが写っていた。なぜだ。カメラは嘘をつく。未だにその嘘が見事すぎて慣れてない。なぜカメラ(=写真)にとっての真実は、実体験に照らせば嘘となることがしばしばあるのか。レンズの画角が悪い。はい。

 

しばらく歩いていると森の上部が切れて、空が見えた。曇天です。その冴えない曇り空を横断する小さなロープウェイ群。空に浮遊する死者の魂に見えますね。見えてねえよ今思いついたんだよ。

この「中道ルート」だと、ロープウェイと並行して山を登っていく形になり、たびたびそのラインを拝むことになる。とにかく景色が良い。

普通の登山ではありえないほど贅沢に景色が切り替わる。そのスタッカートめいた切り替えの素早さとメリハリがすごくて、それは山頂に行くまで一貫している。なぜ人気の山なのかが分かった。スターはなぜ人気なのかという問いに対する明確な回答がここにある。

20分かけて3合目。つまりあと何分登るんだよ。

地図には全く途中のポイントが書かれていないので、トータルの標準コースタイムが約2時間だということだけ分かっている。思うにメジャーで明瞭な一本道だから、迷子になる恐れもなくて、地図にもポイントの書きようがなかったのではないか。

 

 

◆3合目~4合目・おばれ石(10:20)

鈴鹿山系では妙なまじないでも流行っているのか、至る所にケルンが積まれていて、そして石はエア焚きされている。

完璧に焚火・火炙りのスタンバイが出来上がっている。この巨石は何かの卵か、あるいは巨大なまな板代わりで、山の民が尋常ならぬ飯をするのではないかと考えました。もしくは集団心理の実験場になっていて、割れ窓理論的な、誰かが起こしたアクションを放置すると反復を呼んで積み重なっていくことを山を挙げて促進しているとか。

 

いつぞやかの台風だか風雨災害で転がった木々がおります。木の根元も土砂が流れてしまって、地面と木の根のレベル差がかなり空いていてよじ登る箇所が多く、自然災害が難易度の棘をもたらしている気がする。

おいしそうすぎて優勝。子供を連れてきたら黙って食いそう。

たまに小さい子を背負って子守しながら登山している屈強親父がいるが、逆に自我が半端に立ってきた子供を連れ歩くと危ない気がしてきた。乳幼児を連れてきても勿論危ない。どうしたらええんすか(怒)

森が途切れて、ロープウェイの真下に来た。ゴンドラに近い数で大量に運行している。

みんな足元を見つめて登ることから解放されて、ウェイ(略)を見上げている。こういうビューポイントの与え方が巧みすぎてみんな満足度がブチ上がっていくんだから、トップの座につくやつは違うなあと唸らされる。ボーッとしてないねんな。ギブの手数が多いしタイミングも的を得ている。できる山だ。「デキる山は何が違うか」「ギブできる山・残念テイカーな山」ああっもう。そんな本はない。

 

いうても傾斜は強めだし、岩がベースの地形で、しかも客がやたら多いため、上り下りで事故が無いように鎖だの足場だのが強化されている。

土の地面なら段差を掘ったり、木を付け足して階段を敷設できるが、巨大な岩やその連なりは人間がよじ登って何とかするしかない。こんな足場金具をボルトで打ち付けている例は珍しい。よほどメジャーな山だからここまでの措置が取られているのだ。つまり地味に段差がきつい。

 

開始1時間しないうちから「これはアルプスに向けた体づくり道場」と好評。楽しいですね。あつい。おい10月末でなんで半袖シャツ1枚で汗ビタビタになってるんだ。温暖化が悪い!こうやってニシンやイワシは滅び人間も死んでいく。ウッ。仲間らもあついあついと言うておりますが?

 

森の中にいて湿度と温度が保たれ、風が通らないせいでもある。稜線に出たらもっと楽になるのだろう。しんどくはないが、汗が止まらないのだ。晩秋でも着替えは多めに持ってくるべき。

 

進めば進むほど御在所岳、岩山であるということを力強く印象付けてくる。どの岩も人間がちんけに思えるぐらいデカい。人間の尊厳を示せ。こうして我々は嬉々として登るのであった。内発的に、かつ、自動的に、悦びながら登るのだった。わあい。

 

10:20、「おばれ岩」着。

「負ばれ岩」と書く。何を負うのだろうか。人頭税。罪。宿命…。

名前はババアみたいな岩だが、巨大なはんぺんを2枚斜めに重ねて置いたような、やさしさと暴力の同居した巨大な奇岩である。岩があまりに大きいので、人間が具材なみに小さく見えてならない。どうかしている。ババアという侮蔑後を使ったことにより女性蔑視だと炎上し、ブログ閉鎖する未来が見えます。完。

岩でか。

人間がぜんぜんちいさい。縮尺バグです。※仲間氏(オサチャン)の身長は160㎝以上あります。

誰がこの狭い平地にこんな巨石を立てたのか、そして真っ二つに割ったのか、こういう体験を重ねていくと容易にFF16の召喚獣とかは当たり前のものとして受け止められる体質になります。なるわ。古代人もこんなの無抵抗に素直にガン見してたら、そら神話量産するだろうなあと納得する。するわ。

 

これは別の意味でもハイキングやなくなってきたな。みんな巨岩に挟まって幸せになっていました。胎内巡り? 否、そんなぬるいものではない。即物的であることは母体を超えて更に向こうの次元へ我々を運ぶのだ。これはガチで実感がある。

 

 

◆4合目・おばれ石(10:25)~5合目・展望所(10:35)

相変わらずの岩、砂岩がベースの登り道が続く。段差の大きな箇所が多くてね。汗が出ます。これは1歳児2歳児を背負って登るのは厳しいか。お子の側としてはアクロバティックな地形の多彩さは満足いただけそうですが。しかし植生、動植物に関してはあまり目を見張るものはない。マクロレンズよりも標準で登山道を記録する方が面白い。

岩が生えているのを削りまくって道にしている。山そのものが地底から隆起した岩石の塊のようなものだ。

砂地の白っぽい岩が凹凸となって続いている様は、まさに芦屋ロックガーデン。芦屋をもっと広く長く、執拗にしたようなフィールドだ。

 

つまり楽しい。やばいぞ。

あついあついと文句を言っているが、がしがし掴んで岩をよじ登る全身運動は快楽を産む。スギ植林の整然とした山をただただ鬱々と歩く、作業的な登山とは真逆で、極めて能動的なムーブが自然と生み出される。自然と。意識せずに。湧いてくる。そう。これが。山。次の動きを。透明なところから。引き出される。それが。山。

なんか道の脇、岩の上に石が積んであるの、なんで?

ケルン状に積んでいるものもあればこうしたバラバラ体のものもある。共通しているのはわざわざ地面から持ち上げて積んでいることだ。ああっ積みたくなってきた。積もう。これは集団心理の実験場なのだろうか。ラボ。ラボ疑惑です。ああっ。

「中道ルート」、しばしば森を抜けて青空の下、ロックガーデン風の開けた岩場に出るのが気持ち良すぎるし、憩いの場になっているし、完璧すぎる。もてなしのプロかと思うぐらいよくできている。

そしてまた森に戻る。

見た目は快適なハイキング+α な道だが、スケールがやや大きくてですね、人体を基準にすると段差の一つ一つがデカいんすよ。まともに付き合ってると歩幅がおかしくなって体力が削れる。あと砂と岩のミックスは時々めちゃくちゃ滑るので怖い。両手を使ってよじ登るしかない。

 

「5合目」、岩のガーデン地帯に到着。こんなにいい感じな場所なのに名前が付けられていない。

試しの岩。写真で見るとしょぼいですが、非クライミング人間が登るのにはかなり手ごわい。写真右側から登ると凹凸がなくて詰むし、真正面は凸があるが靴のかかりが悪いのと、登ったら高さがかなりあって、強引に飛び降りるとたぶん着地の衝撃で靭帯をやったりどえらいことになる(身近にそういう人がいた)。もう20代じゃあないので慎重な動きが要されます。なぜ登るのか。

 

 

◆5合目~地蔵岩~6合目・キレット(11:00)

高度が上がってくると一層、岩場が主体のフィールドになってくる。山の上の方は紅葉があるような、無いような、そんな会話を交わしているが目の前に広がるのは乾いた岩と砂の星である。

 

そして2分ほど歩いたら急に、第三帝国の象徴みたいな岩が現れた。日本に宿りしレニ・リーフェンシュタールの残影。誰の人為も介さずして、ひれ伏してしまいそうな威容を誇る。その姿は羽を畳んで留まっている猛禽類の姿にしか見えない。

この名が「地蔵岩」という。どこがや。ライヒスアドラー岩とかじゃないんや。しかし第三帝国岩の本領は別角度から見た時に発揮される。

「決して落ちない岩」の異名。それはシュールレアリスムであった。なぜだ。

もう手に負えません。理性の敗北。重力がどうのというよりシュールレアリスムをこんなところでやられるとは思ってなかったので狼狽している。とうとう超理性、概念で攻めてきた。何でもありなのかこの山は。ここまで色々やってくる山は他にあっただろうか。あったかな。忘れた。

岩とロープウェイと遠くに広がる景色を与えられれば人間は概ね満足することが分かります。シンプルに怪異が発生しているのでね。12年前になぜこれをもっと評価していなかったのだ私は。おそらくリテラシーが不足していた。そう、登山には読解力が必要なのである。文系知を鍛えよ。

石段、岩を登ることを繰り返し、しかし体力的にはかなり余裕があり、なぜだか分からないが夏が明けるにつれて急に体が楽になってきた。新しい生活に慣れて解放感に転じたのだろうか(筆者は今年度から仕事のポジションが変わったため死んでいました) いやそれだけで説明がつかないぞこの力の感じは。

今回は「コンデジをやめて、一眼レフでマクロと標準のレンズ交換で切り替え撮影する」をやっているが、交換に最大10秒はかかる。登山でちょっと歩いては10秒以上足を止めるというのはかなりテンポが悪い。撮影でまた10秒。それを複数回やっていたらすぐ数分のロスになる。歩行リズムも崩れて息が乱れる。ジョジョや鬼滅の世界だと死にます。なのでマクロがいまいちノリきれてない。そこまでして撮るべきものが無いとも言える。

 

10:53、右手側が大きく切れ落ちて蟻地獄のような砂の急斜面になった箇所を歩く。MAPでも「危」印が付いている通り、滑り落ちたら岩にぶち当たるか最悪底まで転がり落ちるだろう。

写真は斜度を表現してくれないのだが急斜面です。歩いて下れるようなものではない。ここが地図上の「キレット」かと思ったらもう少し先だった。地面が流出していったら100年後には登山道が無くなっているのではないか。3人は無常観に目覚めた。はやくひるめしを食べたい( ◜◡゜)っ

だが続いて現れた木の根の国。無常どころではない。過剰だ。喜べサルトル。

これはガーゴイルと命名。ギャーッ

地形が目まぐるしく変わる。恋愛よりもスリリングなため実人生をヤマに移行する者が絶えないというのもわかりますね。羽生丈二のことを嗤えないのだ。

これがキレットか。11:58、岩だらけの踊り場というのか、開けたところへ出た。尾根が深く切れ落ちた個所をキレットというが、これはロックガーデン・テラスと呼ぶべきだろう。芦屋(拡大版)と呼ぶべきである。

ここで小休止。アルフォートが配給される。囚人が脳汁を垂らして喜ぶ逸品!アハッアハッアアッ。こうして快楽中枢に「ヤマ」体験が刻み込まれてゆく。山そのものの苦痛、苦労と反り返るような快楽、悦楽が焼き付けられ、それらは刀のように体に宿ってゆく。

 

 

◆6合目・キレット(11:05)~7合目・かもしか広場(11:25)

登ったら下る。「ゆっくり、下ろう」、社会はもう成長しない。脱法的な抜け道商法であこぎな銭を得るでもしない限り、全ては沈下してゆくしかないのだから、せめて自らの意志と足で下ろうというのだ。令和とはそのようなデザインであった。どうでもいいのでキレットを降ります。ヒャッハア(喜んでゐる)

これを待っていたんや。岩をがっちり掴んで、足でも指を総動員して、手のように動かして、上でも下でも岩を掴んで、半ば動物のように進む。いかに理不尽な急角度でも、岩がしっかりしていれば全ては噛み合うのだ。自己の内外、外部の環境・ヤマという世界と主観とがゼロ距離になっていく。ああこれをみんな様々な手段と場で実現していたのだな。ライブ、アイドル、アニメ、スポーツ、恋愛、犯罪、etc。良い山だ。白山おまえは少しは見習え(怒。

ひっきりなしに後ろからも前からも登山者が来る。なんという人気。こんなに人通りの多い山も久しぶりだ。1000mそこいらの山でこの人気は格別だ。遭難や道迷いの危険がゼロ、ただただ目の前のコースと景色を楽しめばよいという。

 

下らされた後はまた岩だの木の根だのを登らされる。木の根が立派なのです。岩と一体化し、岩を制圧し支配し、強固な足場となり、地形となり・・・

7合目。1時間半登ってまだ3合あるのか。だんだんキリがなくなってきた。ええとだから3/10残っているわけで、いや距離じゃないから単純計算で90 × 1/3=あと30分とも言えるわけでもない。景色が良いです~。いいんやけど今どこにいるの。地図が粗すぎて現在地がぜんぜん掴めない。

 

◆7合目(11:25)~8合目・岩峰(11:50)

岩があれば生きていけると思った。暖かいし掴みどころがある。現世には掴みどころがない。正解を、ゴールポストをずらされていく。岩は動かない。だから歩きやすい。はい。

7合目以降は苔とかシダの出番が増える。思うに冷えて凝結した水分が降り注いでいる。岩の上にも苔が微小の楽園を作っている。道の脇には髪の毛のような草が生い茂る。そしてまばらな紅葉の気配。また表情を変えてきた、つくづくなんという山だ…短時間でこうも多彩な地形を見せるのか。

そしてまた岩がごろごろと。癒しと攻めが緊密に絡み合っている。まあアルプスを行ったり来たりしてる人種には近所のジョギングみたいなもんで、ここを道場にしていれば穂高縦走は楽になるだろう。しかし日頃からデスクワークの残業と惰眠で閉じた人種には、効くで。そうして夢を追うのをやめ、道をただ歩くのだった。なお現場ではそんな会話はしていない。ええと。何の話してましたっけ? 恋愛? バチェラーって面白いよね(棒読み)

若いシダを見つけて、丸み、初々しさ、小ぶりさに「13~14歳のジャニーズ…」などと不謹慎なことを呟き、しかし未成熟なものを愛でる心情を解してしまったのだった。大人のシダ植物は色々ブツブツやヒダヒダが気持ち悪いねんな。

何気ない段差のサイズが厄介で、歩きでは一発で乗り越えられず、しばしば手を使わされる。全身運動ですよ!リンパも覚醒します。あっあっ、ビクンビクン。リンパの音~。あほいえ。

 

そして核心部らしきところへ。岩が本気を出し、とうとう人間の力では登れない状態になっていた。序盤と違って岩の質がまた異なるものがあり、しかも微妙に乾いていない?ためか、登山靴が掛からず体重を乗せた途端に足が滑り落ちるのだ。「いわつるさん!いわつるさんや!」叫ぶ私。まじやばい。滑る岩のことをいわつるさんと命名。

 

とうとうメタルハシゴが直接取り付けられた岩が現れた。この岩はむちゃくちゃに滑り、完全にホールド不可。試そうとして落ちかけた。地味に凶悪な上位モンスターが紛れ込んでいるのもポイントが高い。何ポイントっていうんですかね。death。デスポ。

これ。この岩です。ホールドがあるやんと思うけど逆層ぽいヒダで、岩の表面はツルツル、登山靴が全く掛からず、ハシゴから浮気すると転落します。こわ。人生や。こっわ。

11:50、8合目。またステージが変化し、森を脱して岩場の高台に切り替わる。しばらく断崖沿いに移動することになり、危険度で言うとMAX。ちょけてよろめくと一発退場です。風景が最も高山にふさわしく、眼下には山々と伊勢湾が見える。だというのに、なぜか風景写真を撮っていない。なぜなのか。鬱か。やめてよ。伊勢湾への愛が足りない。

 

 

◆8合目(11:50)~富士見岩展望台(12:15)

切り立った崖、開けた空と周囲の風景、岩伝いのルート。ここまで本格的に高山めいてくると芦屋ロックガーデンとも別物になり、もはや甲斐駒ヶ岳を小さくしたような風情すらある。

岩がせり出していて道がなく、岩のでっぱりを歩くしかないわ、客の往来は多いわ、断崖で下に落ちれば死ぬわ、流石に鎖を伝って歩くことになる。どの岩が滑るかが判別できないので、大人しく鎖を頼りにさせてもらう。ちらっと聞こえてきた核心部とはここのことだったのか。

写真ではまたまた斜度も高度も伝わらないが、滑り落ちるとただではすまない。ルート上でなら岩に落ちて打撲で済むかもしれないが、その外側は何百mか下へと落下してしまうだろう。鎖、鎖を。

殺人事件サスペンスドラマのクライマックスに使いますか? 突き出た岩から来た道を振り返ると、それは断崖。まさに断崖絶壁の上を歩いていたことが分かる。紅葉が忍び寄り、死が隣り合う、静寂の中に暴力が宿る、とてもよい花鳥風月ハードモード。

山に岩が転がっているのではなく、巨大な岩の塊に草木が生えていることが分かる。そんな岩をなぜ人間が通れるようにしたのか?人間の欲望か、求道や信仰心か、探求心か・・・ 岩が人を呼び寄せるのだろうか。

 

断崖を眺めたとて、頂上へはまだ続くのだ。なんか結構長いねんな。

なんと頂上付近にまで来て、水が現れた。驚いた。これはいったい??

水源がこんなに高い所に??地下を流れようがない。空気の湿り気と、急浮上してきたガスが答えだ。頂上付近には「御在所スキー場」がある。ということは頂上付近は、湿った冷たい空気が流れ込んでぶつかり、豊富な水分を山肌に注がせる場となっている。米原~関ケ原の豪雪をもたらす類の、北からの空気だろうか。

 

鎖場もずっと続く。なんということのない道だが、濡れた岩は、いわつるさん。岩鶴さん(仮名)はランダムで足元を崩しにかかってくる怖い。

大雨か地震かで斜面が崩落、ルートが崩れて迂回路を作ってある。山が自然現象で勝手に壊れて崩れていく。自然は自然にも容赦がないのだ。前回の「裏道ルート」下山時にもそれを痛感していた。やはり100年後は登山道が消滅している気がする。

すごいスピードでガスが立ち上ってくる。風が吹くと、汗でびしょびしょなのでやや寒い。動いていてちょうどの気温。10月末でも基本はTシャツ1枚でいけてしまうのが関西の山のよいところ。死にはしません(多分)

急斜面、最後まで全身を使わせる。素晴らしいコースだ。道場として最適である。これは隔月で通えば総合力が養われる… 誰やねんハイキングやと評したの。岩よじのぼってるやないか。

あっ? 頂上?

12:13、頂上っぽい開けたところに着。

よかった。山道はこれで終わり。終わり終わり(強引)🤤

 

 

◆展望台~リフト・カモシカ駅(12:20)~山頂(12:30)

しかし真の頂上にはまだ20分はあるかないといけない。ここはロープウェイ山上公園駅あたりで、「御在所スキー場」を登りきったところに頂上がある。ウェイ客にはお楽しみ散策ハイキングといったところだが、ガチ登りしてきた我々には「はやく頂上でメシ食わせろ」しかなく、既に意欲は半分以下。

さんざん眺望を味わってきたので展望台に上る気持ちがでません。

三面六臂の神将。阿修羅さんかな。

メシ~ どこで食うねん~

今度こそ本当にハイキング道!わあい真っ平だ。うれしくない。文句が多い。嬉しいと文句が出るねんや。

平坦な道を歩き、案内図を見つけ、やっと具体的な位置関係が分かった。登山地図では山頂付近のルートが全く分からずにいたので助かり。

頂上に行くには、スキー場の迂回路を歩くか、スキー場を突っ切るか。あるいは・・・

リフト。

 

リフト!?

 

金を払って自動輸送してもらう。登山においては邪道。三浦雄一郎クラスでなければ許されぬ所業! いいだろう、私達の登山はもう既に終わっている。終わってるんや。乗ります。わあ~~い~~~(喜び) ショートカット~~

近代化以降、人間はショートカットに快楽と達成感を得る脳になり、コスパ脳という深刻な変性を遂げました。わあ~い~~。

スキー場を華麗にスルー。「かもしか駅」から頂上駅まで300円。安いものだ!出そう!出せるぞ! もう無駄に歩きたくないんすよ(登山を否定する本音)。ゆらゆら。弛緩のひととき。チルで〆るとはなんという展開か・・・御在所岳ほんとに多彩すぎて凄い。

12:30、山頂。

やりました。一人で来てたらめんどくさくてここまで辿り着けてなかったかもしれない。仲間の力を知ったのであった。ノリ。

 

 

◆山頂~望湖台(12:42)~昼飯(12:48)

立派すぎませんか(困惑)

 

こんな立派でベンチ完備で広くて何人居座っても全然大丈夫な「山頂」って他にありますかいね? 剱岳は広かったが・・・槍ヶ岳とかメシ食う場所じゃないし。ここは公園ですわ。写真の外側にもベンチがある。パリピ御用達山頂と言うなかれ。隙間、陰、端っこでしか生きていけない野郎どもがそれぞれ顔を合わさず分散メシをできる環境なのだ。最適である。

 

この後ろにもう一つ山頂らしきものがあり、そちらが真の山頂ではないか説が浮上。なんやと。やだあ。たしかに昭文社の地図ではここ・三角点は「1209.8m」で、その先の点が「1212m」となっている。どういうことやねん🙃 いってみましょう。※筆者の地図は2010年のもののため内容が古い可能性があります。

岩があるね。

歩道を歩けばいいのだが目の前の岩を直登することで倍の経験値を得る。わざとルートを微妙に強引にすることで通常よりも若干多めに負荷をかけて鍛える。というのも2~3ヵ月に一度登るかどうかの出不精暮らしをしているからです。けちけち登山。

掴みどころのない岩さんを掴んでいきます。異性に対してもそのぐらい積極的になろうね。やだあ。人間きらい。

 

山頂?の碑に到着。詳細が一切分からない。看板の案内図では「望湖台」とだけ書かれていた。そしてこの碑は「東海学園創立百周年記念ワンダーフォーゲル同好会 No.100」と書いてある。山という山に百本も立ててるのか?見たことないけどな、、

ガスってて「望湖」の湖がどれやら全くわからん。琵琶湖が見えるんでしょうね。

南西の方を向くと中国の屋敷みたいなのが見える。「御嶽大権現」だろうと思う。その手前の巨大なケルンみたいなのは何だ?色んな施設があるなあ(困惑)

昔はロープウェイ山上公園駅のあたりに「日本カモシカセンター」があり、日カモ(略称)の繁殖に成功するなど科学・学術的なことに取り組んでいたという。広い敷地と様々な施設、山岳界のグランフロント的な場所であると認識。いやどうかな、

曹操の天下統一をよく思わない領主が住んでそうな砦を想像。

 

飯をします。コッヘル、バーナー、炎、湯、カップ麺。恋バナはしません。交尾の話とかもしません。ええと、健康、病気、病人の話と、職場とか、せ、世界の話を

なおシャツが汗で濡れまくっていたので交換。毎回毎回、昼飯の時に「シャツ濡れすぎて風に吹かれながら飯ると体温下がって危ない or 不快で悶える」が課題のため、着替え用シャツを余分に持ってこないといけないのが面倒です。縦走とかするならそんな嵩張る荷物は無理なので、どうすんのこれ。レインウェア羽織るだけにするしかない。が、着替えないとほんと汚いしベタベタ、ビショビショで死にそうになるんよな。ほんとビチョビチョで汚いし不快。どうしよ。宿題にします。

 

私は好日山荘のガパオライスを食べたが、ガパオ??宇宙食みたいなペースト化した何かをメチャメチャと食べた。あかんスプーン持参忘れた。スプがない。スプ。危うく指で食うことになりそうだったが仲間らが余分にスプ持ってたのでインド人作法をしなくてよくなった。ふう。こういう凡ミスが重なると遭難します。

食べ終わったら茶会。SAで買った伊勢のよくわからんふわふわ菓子や、あんこを使った菓子、仲間がくれたベトナムだったかのちょっと高級なチョコ、和菓子などをいただき、詩歌は詠めませんけども、みやびな時間を過ごしました。シャボン玉を吹いている奴がおる。記念撮影で抱かれた犬がギャン鳴きしている。平和だ。

 

 

★下山開始(13:35)~リフト・山上公園(13:52)

平和を噛み締めて摂取したので下ります。ちょけて岩をめっちゃ駆け上る観光客がいたりして、ザックだの登山靴だので装備を固めてる私達の方がむしろ自由度が低いのではと思ったりする。否。普段着ではしぬのだ。ああん。どうしたらいいの

本当に一般の客が多い。頂上は登山客の方が目立たない。なぜか。リフトで次々に送り込まれてくるからだ。片道400円で。あ?? 勿論乗るやで。私達はなあ。社会人なんだ。金が。あるんだよ。

寒い。座って10分以上じっとしているとこたえる。半袖シャツの上に一枚羽織っておいてよかった。たいがい風で体温持ってかれますからね。眠い。寝そう。

 

駅の近く、右手に見える死んだ広場。ここに下山で使う「一ノ谷新道ルート」入口があるが、リフトとロープウェイの「山上公園駅」間を繋ぐ道を普通に歩いているとこっちに出るような案内がない。地味~に詰みます。

この広場はスキー場の一部で、子供が遊ぶ「第1そりゲレンデ」。

この先には「カモシカ広場」というのがあり、もしかしたらそこが「日本カモシカセンター」があった場所かもしれない。わかりません。

www.ariescom.jp

行きたかった~。剥製とかあったんや~。20年遅かったか~。

 

リフト到着~ロープウェイ乗り口への売店・レストランなどが完全に「スキー場」、この曇り方といい二重ガラスとか「スキー場」で懐かしい。

懐かしいですね。記念メダルの自販機があったり名前おみくじがあったり、ハロウィンをかろうじて覚えているぐらいの残像的なゆるい何かが漂っていたり。手拭いが一番良かった。まあレストランはご当地カレーとか御在所定食があるので、自分で煮炊きをしなくてもいい山です(登山の否定)。

あと頂上に簡易トイレがあるが、山上公園駅にはもっとちゃんとしたトイレが2カ所ぐらいあるので、特に女子はこっちで用を足すと良いです。こんなしっかりしたトイレが山にあるとか登山じゃない要素が混ざっててすごい(登山の否定)。スターはやはり違う。

 

 

◆一ノ谷新道の入口(14:05)~恵比寿岩(14:25)

さっきも書いた通り「一ノ谷新道ルート」の入口が全然わからず、なぜか入口に至る道が確保されていない。ロープウェイとリフトの乗り口を往復し、ロープウェイのホームの従業員側に下りてきたり、どこの看板にも一切案内がなかったり、要は館内からはアクセスできないので、いったん外に出ましょう。今回の山行で一番の難所だったかもしれない。

 

登りの「中道ルート」のアクロバティックかつドラマチックな眺望、そして展開の切り替えの速さと対照的に、こちらはめちゃくちゃ「藪、森、普通」。もっさりしてる~。なんか、。、、普通の「山」に急に引き戻されてしまった。

しかし狭い。入ってすぐこれ。人一人やっと通れる狭さ。不吉でしかない。事務所を抜けたらインディーズ時代の冴えない楽曲を作っていた頃に逆戻りしてしまった、そんな気分だ。無論私は音楽活動をしたことがない。なんやねんなもう。気分や気分ぜんぶ気分。絶対的気分世界。

やはり山頂あたりが霧や雨を集めて水を貯え、下へと流している。雨が降ってもいないのに足元に川の源流ができていた。岩の段差や木の階段で濡れると滑るから、こっちは戦々恐々である。

木の階段と笹のセット。本当に一般的な山のあらゆる要素が詰まっている。往路と復路でルートを変えれば優秀な道場となる。すごい。乾いているからサクサク歩けるが、雨なら難易度は鬼化するだろう。

下りがいやらしい。地味に段差のピッチが大きい、岩が傾斜している、大きな段差に木の根が絡んでくる・・・等々。人間、想像の中では漫画のキャラのようにぴょんぴょん跳ねられると思うのだが、ザックを背負って登山靴を履いて傾斜を下っているとき、亀のような歩みしか踏めないのだ。そして傾斜がきつい。手を抜くとずるっと落ちる。スクワットし続けるような下山となる。

「中道ルート」登りよりもきついかもしれない。だが最もきついのはこの道を登るルートだろう…地味すぎるし、段差がでかくて運動量がやたら多いし、あっという間に暑くなってきた。空が塞がれて空気の流れが絶えたる。登りには選びたくない道だ。、。

やりがいのある職場です!

 

ほんとやりがいだけはある。すごい。難所や危険個所はないけど、ひたすら同じ質のタスクを積まれ続ける。終わりません。土日出勤はないけど毎日20時まで残業という感じがする。

突っ立って二本足で捌くのが厳しいので、しゃがむ、手を使うを繰り返す。良い山ではある。ほんと。

ただマクロでの撮れ高はあまり無い。笹と黒ずんだ樹々の幹と岩。拡大して撮ってる暇があったらタスクをこなす方がよく、肉弾戦なコースである。

裸の女性が両手を上げている。

腰くびれも、肩甲骨から尻にかけてのラインも実に素晴らしい。人間に憧れたのだろうか、この樹は。

 

こうして女体と見間違えてフラフラ寄って行っては精気を吸われ、筆者は森の一部になりました。完。

 

( ◜◡゜)っ

 

ならへんねんな。下山はつづくんや。

段差ダンサー。

死ぬまで降りろ!ハイ!

15分ぐらいすると本格的に森の中になり、木の根が存在感を増してくる。根は最後まですごくて、地形の一部となっている。

足場として使えるときと、蹴躓く障害物になる場合とがあり、なんとも言えない。ただこの強固で巨大な根がなければ山の岩は剥き出しになって崩れ続け、砂地で足がツルツル滑るだろう。

 

あ 階段~

恵比寿岩っていうけどわかんなかったな。恵比寿ってそもそも何なんすか。ゴッド?美女?金塊?よくわかんねえな。早く下りて温泉行きたいのでスルーします。

 

 

◆恵比寿岩~鷹見岩(14:30)

二本足で対処しきれない局面が多い。すごいわ。よくできてるわ、、ここで鍛えたら少なくとも剱岳は楽勝。穂高縦走もかなり楽になるはず。仕事もデキる人になり、リーダーシップと判断力が高まり、行動経済学がわかり、新事業の立ち上げが略  夢を見ていました。とても気持ちのよい未来を。登山で脳内麻薬が出ると現実が遠のきます。根が。私を。あらぬ方へと。陥らせるのだ。

根が。いっぱい。ある。

鷹見岩。かなりの巨大な岩で、なぜ3本に切り裂かれているのか理解ができない。ウルヴァリン修行の地ということにします。

でかい岩を見ているとシンギュラリティとか既存の枠組みは消滅するとかいうみんな大好きな言説があほらしくなってきて、もうどうとでもしてくれという気持ちになり、惑星を感じます。惑惑する。それただの混乱や。わあい🤤

 

 

◆鷹見岩~見晴し台(14:55)

3人とも地味に体力が付いているので、小休止だけしてさっさと下るます。ほんと無駄のない登山をしている。その割に時間がやたらかかる。下山のコースタイムは80分と書いてあるが結果的に100分かかった。まあ似たようなもん?疲れないペースというのがあって、タイムをとるか消耗抑制をとるかの二択でせめぎ合うわけです。3人パだと必然的に後者。

鷹見岩を回り込むと要塞みたいでよろしおすな。ばらばらに散らばった岩を引力で引き寄せて固めたような形をしている。この星は狂っておる。

砂地ベースの地面は怖い。滑るんすよ。

だれかタギングしてるんやけどストリート × 登山ってどうなんだろ。相性悪い気がする。悪いぞ。単純に山の質が落ちるというか。

 

鷹見岩以降は苔が増えます。地形、ルートもかなり平たく広がりが出る。といってもそんなに強く世界観が醸されているわけではないが、それでも苔撮影で気持ちが上がる。

亀岩( ◜◡゜)っ

マクロを多用するようになるのは、進行に余裕が出てきた証拠。あるいはルートのマンネリ。だんだん同じ作業の繰り返しになってきて、実質的にトレーニングになっている。しかしあまり岩や樹々、根が「おもしろい」形をしておらず、やはり歩くためのフィールドとしか見なしようがないのは事実。

解釈の自由を与えない、つまりカオスがないというのは、これまたスターの特徴である。きっちり規定されたクオリティと、そのスリリングな編集によって成立したコンテンツが「スター」であろう。御在所岳はまさにそういう山だ。カオスという観点ではアルプスには及ばない、いやそれがアルプスとの決定的な差異だ。

 

 

★見晴し台~下山・一ノ谷山荘(15:50)

見晴し台からやっと山の稜線などを遠望できるが、登山道自体は森の中に包まれている。空気の流れはなく、下れば下るほど徐々に暑い。

なんで人造の砦みたいないでたちをしてるんですかね(´・_・`)

岩山は人間の思考や文明をコピーしているかに見えてくる。逆なのだが。むしろ人間がそれらから形態を学んで模倣していったと考えるべき。

 

はいまだまだ下るよ。きつ。

木の根の間から土砂が流れ出してしまい、取り残された根と空いた段差とが大きなギャップを生み、下山者をくるしめる。歯槽膿漏の口腔のような状況。段差祭!

ロックフェス。間違いではない。岩の協奏、競奏。絶対音感の変種を想像する。居合わせた場所の地形、モノの質と体積と並びから受ける情報・印象を音の流れに変換してしまう人間である。このルートは壮大ではないが、速くてキツめの打ち込み、低音がしっかり響いているだろう。いらん事いうてるとこけますよ。へえ。

下るにつれて樹と根と岩の織りなす姿が怪異を帯びてきた。それら全体で巨大な生き物のように流れを宿している。クラーケン・タイタニアスと命名。夥しい生命力が形になっている。これを生命力などとありきたりな言葉で呼んで良いものか!?脈々しい、意図なき無作為な作為、この流動力、白髪一雄が足で描いた線に通じるものがあるか?

道のうねりが収まり、平坦な直線が現れる。いよいよ終わりが見えてきた。

見事なケルン、神社の素体のようなありがたみを帯びている。数学的な配列はどうも人間に崇高さや信仰を催させるようだ。視覚から摂取されて脳に至る塩基配列のようなものだ。

 

あれまだ道が荒々しいんですが。車の走行音が下の方から聞こえてきてるんや。わかっっとんやぞもうすぐ終わると。終わらねえ。なんでや。

いやほんとすごいわ。根、根、根、根、根。やや穏やかになったとはいえ、どこまでも木の根が私達を捕えて離さない。私達は絡めとられていて山の一部になっている。だって思考と行動は全て山のことばかりに専念され投じられている。終わりのない食事、終わらない性交のように、山という現在形が続いている。こんな体験は写真で表現したいなどと思わない。私が自分で写真表現することから距離を置いたのはまさにこの絶対的主観への回帰ゆえだ。これを語ろうとするならば写真と対極にあるものを以てせねばならない――言葉だ。

どう歩けばいいのかわからんルートしかない。マイクロルートファインディングの連続。即興の演奏のように足元を選択させられる。

車の音が近い。もう絶対そこらへん車道やろと3人とも確信しているが道が終わらない。なんでや。

 

「あっ」

「チンポや!」「でかいチンポ」

 

(ノ ^-^)ノ ちん、

「松茸岩」と書かれている。

 

うそつけこれ男性器の祭事のあれ

 

( ◜◡゜)っ わかったもうじゃぁ松茸でいいわ

 

 

いやチンポやろあれ絶対チンポ・・・

仲間にもでかい声では言えなかったが心の中では陰茎陰茎と100回ぐらい繰り返している。だって松茸の形とか知らんやんそんなもん見たことない、みんな松茸とか見たことないでしょあんな都市伝説、でもチンポはみんな見てますやんつまりこれは陰茎

 

(´・_・`) 御在所岳が笑いと性まで取りに来て、もう私の中で「最強の山」の候補として挙がってきてしまった。不覚すぎる。マイレコード内で剱岳やジャンダルム(穂高縦走)と御在所岳が並ばざるを得ないのがなんか悔しい。感情が迷子である。陰茎オチはずるいわ。陰茎はずるい。なんで道の真ん中にチンポ置くかな、普通もうちょっと奥まったとこに置くやん・・・ブツブツ

最後の最後に陽が射した。神々しい。陰茎の印象が綺麗に拭い去られてしまった。太陽が傾いて沈もうとしている。またすぐに雲か、周りの山々に隠され、陰気な曇りに閉ざされた。

 

車の音。

着実に下界が近い。文明の音がする。

あ~~でも道が~~長いな~~~~。コースタイムだと15時半に到着してるはずだがまだまだ歩かされており、メンバーにも不信感と動揺と困惑が。ないかも。

ストリートじゃねえんだよ山は。なんて書いてるのか分からん。パパ活募集かもしれない。解読アプリがほしい。

 

いよいよ終わりだ。下に山小屋の屋根が見えた。終わり!

うっすら見えていた赤い屋根の廃屋。荒れ果てまくっていて中の様子を伺おうという気持ちにもならない。

 

なおこの崩れかけた廃屋は「御在所山の家」という小屋で、2004年11月に「山小屋カレー」という、CBCテレビのドキュメンタリー番組で特集されていたようだ。当時で94歳・佐々木正一氏と92歳・春江氏という超高齢夫婦。

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その後、2009年3月に主人が亡くなり(99歳!)(その5年前に妻は亡くなっていたとブログ記事にあり)、小屋は終わったようだ。15年放置されているわけだ。

 

その直下に新たに建てられているのが「一の谷山荘」。似たような名前だが圧倒的に現代的なあれです。スタート時にまぶしく見えていたあの物件ね。

かくして御在所岳の山行は完了した。まだ駐車場に車がたくさん残っている。うへえ。「藤内小屋」のある「裏道ルート」に行くと岩場がありクライミングの名所となっているから、他にも客がたくさん入っているのかもしれない。

 

帰路、「11~12月でまたヤマしましょう」と仲間らの士気が高まっていた。人をやる気にさせる山。すご。

 

( ´ - ` )完。