【diary_新型コロナ】R2.4/18(土)~4/24(金)_閉塞に浸食される日常
資本主義のシステム、象徴たる申し子たちが、次々に閉店・休業。世界のエネルギー消費が冷え込んで、原油がダブつき、空や海に青さが戻り、米・中が口論をしています。かつて革命を叫んで大学で暴れた方々が狂喜しそうな地球になってきていると思いますが、TwitterでもFBでも怒りの声しか響いていません。閉塞に浸食される、日常。
<4/18(土)>
朝から雨が降っていて、雨の音で目覚めたり寝落ちしたりを繰り返す。なんすかこの辛気臭い気候。煮え切らない春だ。
ああ土曜日だ。うれしいな(棒読み)。しあわせになろう。
起きていても寝ていても大差がなくなってきた。平板な日々だ。書き表したいこと? そうですね。なんだろう。なんや。わからん。たぶん自分が新型コロナに対して、良くも悪くも恐怖心ではなく順応の方向で生きているらしく、取り立てて言うべきことがない。これは環境のせいでもある。次亜塩素酸ナトリウムって効くんですかね。
身体を鍛える目的もないが、地元の心臓破りの急坂を誇る神社を駆け上がるなどする。ソーシャル・デスへの本能的抗いだと思う。徐々に緩慢に停止していく全てに対して、体を防波堤にしていることが分かる。なけなしの筋肉と内臓が「わしらを忘れるな」と言ってくる。
本来ならこの4月中旬~5月GW明けまでは、京都国際写真祭「KYOTOGRAPHIE」と「KG+」の展示会場ラウンドに忙殺されるのだが、それも9~10月に延期です。魂の刺激は例年より95%減(当社比)。はぁぁ。ゾンビだ。そら地元を走るわな。ティーンはなぜ走るのか。部活があるからか。違う。社会的にはゾンビだからだ。肉体は生きているのに、社会的には存在していない、死んでる存在だからだ。わかるよ。
アナウンサー赤江珠緒が陽性。マスメディアも新型コロナの当事者になってきた。もっと前からそうだったのではないかと疑っている。下請け孫請け会社がどういう扱いだったかは分からないが。
東京の感染者181人。全国で感染者が1万人を突破。不謹慎な言い方をすれば、コロナ・サバイバル五輪になってしまった。選手は人類全員。勝ち負けすらない。純粋な試練だ。
自宅はBGM代わりにディスカバリーチャンネルを流し続けているが、全裸で無人島やジャングルのサバイバル番組で、途中棄権したチャレンジャーらの自己弁解や、相手への怒りが超うるさい。お前らは責任の所在を明らかにしないと死ぬ生き物なのか。
それでも日本の民放より遥かに聞いていられる。
日本の民放各社のテレビは、自殺と他殺の中間帯で締め上げてくる。こちらの「個」としての免疫系がおかしくなるのだ。いわゆる「世間」とか「みんな」という帯域を醸成してくる、そしてそれが「こちら」をヌルッと侵してくる。 政治や与党への怒りよりも、その「世論」的なものを醸し続けている仕組みそのものが、どうもあれだ。タレント、コメンテーター、有識者、専門家・・・ 十代の頃から本能的に憎み続けていて、慣れない。
◆4/18(土)国内感染者数:10,213人
<4/19(日)>
また地元を走る。走っていた。ソーシャル・デスに抗おうとしているらしい。私が自分の意志で体を鍛えるなんてのは、ガチの引き篭もりがバイトの面接に行くぐらい矛盾した行動だ。
神社の心臓破りの急石段を駆け上がり、あうあうしながら中二病みたいな願をなげつけようとしたら、鈴のついた縄が封印されていた。ああっ。神様の呼出し制限! ついにきたなこれは・・・ 世界各国で信仰と感染防止の兼ね合いを苦慮していた話題を、実感として思い起こした。
youtubeでFF7リメイクのプレイ動画を見すぎて、夢の中までFF7リメイクのプレイヤー視点・空間構成になってきた。面白いことだ。身体上、特に視覚情報として蓄積された体感の記憶が夢の中で咀嚼・分解されているらしい。
15時半~17時半、寝落ち。すごい昏倒。カフェインやガラナや何やら複合種を連打しているせいか、体が一定量は受け付けずオーバーフローで昏倒する。拒絶反応か。おい聞いてるか巫女とかドクタードルフィンその他大勢ども。スピリチュアルな御託はいいから、ご家庭にあるもので覚醒力と意欲を向上させるレシピを開発してくれ。あんたら英雄になれるぞ。在宅に確変をもたらしてくれ。なあ頼むよ。
今日は晴れたので、江の島や湘南に人が殺到し、交通渋滞が起きて、住民が迷惑していたらしい。なぜだ。なぜ渋滞した。関西に長年住んでいると、関東における神奈川の位置づけがよく分からない。神戸の須磨と六甲を合体させてなだらかにしたような感じなのだろうか。それなら行きたくなる気持ちも解る。今はだめ。
感染者、東京107人、大阪48人、順調に増加。
◆4/19(日)国内感染者数:10,806人
<4/20(月)>
アベノマスクに虫や髪の毛混入、カビの報告が相次ぎ、厚労省は不良品が混じっている旨を発表。4/14から妊婦用に先行配布された50万枚に多発しているらしい。後日、6700件の不良品の報告があったと伝えた。緑色に黒の斑点が乗ったマスクの写真はグロテスクだ。印象派の人物画じゃあるまいし。
一方で、新型コロナ患者に対応し続けている医療従事者やその家族への、心ない対応、差別的な対応が、日々報じられるようになってきた。医療サービスの安定供給を求めながら、それらと自分たちの生活は切り離しておきたいという、この民意の感性は、なかなかヤバい。
新型コロナウイルスという見えない相手に対する恐怖や憤り、そして休業要請とふにゃふにゃした補償対応の有無という、これまた見えない状況に対する怒りや失望、日常生活の閉塞などが相まって、心の梅雨が長引いている。
それらを晴らす気分解消のライフハックサービスを提示できれば、第2のWii的な、時代の色を変えられる。と思っていた。転売ヤーがニンテンドーSWITCH目当てにヨドバシに行列を成して「あ、だめだ」と思った。民衆の財布事情が貧しすぎて、ムーブメント以前に最低限のモラルを構築できない状態なのだった。誰でも、十分稼げていれば、転売なんてめんどくさいことはしない。これは来月、再来月になればもっとひどくなるだろう。
マクドナルドが特定警戒都道府県・13都道府県で、店内の客席利用を終日停止とした。休業店舗も拡大。じわじわと民の逃げ場が減っていく。娯楽やジャンクを奪われていく様子、まさに「病」という感じがする。ロックダウンで寝てれば治るのか、それとも...
梅田のドンキホーテで消毒系グッズが沢山入荷されており、次亜塩素酸ナトリウム入りのスプレーを買った。マスクの再利用の時に振りかけるのに助かる。これまで私は石鹸や消毒液ジェルを濡らしてマスクに塗りたくるという、気合いだけで生きるヤンキーのようなことをしていたが、少しだけ近代化されるだろう。
マスクと言えば、SHARPの一般向けマスク販売(一箱50枚入・2980円)が話題になったが、即・アクセス殺到で繋がらなくなった。先着順にしていたらしいが、後日、抽選方式に切替、4/27の応募開始へ仕切り直しとなった。
大津市役所で職員計11人が感染確認、クラスター発生を認め、GW明けまで全庁閉鎖へ。
全国の死者は25人で最多になった。
◆4/20(月)国内感染者数:11154人
<4/21(火)>
従前から見ると、朝の通勤は激減した。ルートを少し逸れると無人に近い。緊急事態宣言直後から見ても、2/3~半分ぐらいか。かつてあれだけ取り合いになっていたコインロッカーの群れは、緑色のランプしか灯っていない。未来の集団墓地のように空きロッカーが出番を待っている。
徐々に気温も上がってきて、マスクが暑い。これはまずい。来月以降にはもうマスク内側の汗と脂の汚れが無視できなくなり、「2~3日で1枚」みたいな使い方が難しくなるかもしれない。
原油大暴落、先物価格がマイナス。経済活動が止まっているので誰も油を使わず、買い手がつかない状態らしい。ちらっとTwitterで「原油 ロスカット」で検索したが、何名か投資が大損こいて悲鳴を上げているのが分かった。私は昭和的な銀行預金馬鹿だがこういうときは焦らないで済むので精神衛生上よろしい。
10万円の特別定額給付金は「世帯主」ではなく「個人」にとの呼び掛けRTが多数流れてくる。DVやダメ世帯主のことを何も考えていないのか、政府は旧時代の家庭像しか持ち合わせていないのかという怒りが溢れている。怒りが可視化されているから良いようなものの、TwitterやSNSが無かったらこれはどうなっていたんだろうか。旧来のイエの在り方に従うべきと信じる旧世代が再強化されて喜んで終わったのだろうか。
パチンカーが、開いている店舗を求めて県境をまたいで移動している。ギャンブル遊牧民による感染伝播リスクが増していることへの怒りの声、これも日々、可視化されている。大阪府「パチンコ店とか休業要請に応じないなら実名出す」、和歌山県「他府県から来んといてくれ」、いよいよ自発的に分断の社会に突入です。
そんな中で異彩を放ったのが、金正恩の重篤説。心臓疾患か何かの手術後、どうもイカンことになっているらしい。へえー。糖尿病はいかんよ。
「濃厚接触」の定義が変更され、「手で触れられるまたは対面会話の可能な距離(2m以内)・発症当日」から「手で触れられる距離(1m以内)・発症の2日前まで」+「15分以上の接触」に改められた。症状が出るより先に体内のウイルス数はピークへと増加しているらしい。
ウイルス、感染症の書籍と並んで、橋下徹と堀江貴文が平積みされていることには注意を払いたい。コロナ禍と対等の存在感があるということを意味している。
彼らは決して「新しく」はない。10年前、15年前の言説を繰り返しているだけだ。だが異様に分かりやすい。秒速で解決法(に見えるもの)を求められる現在では、とにかく重宝される。分からない状況に対するジャッジと行動を「即」で求められている。
だが皆が求めているのは理論的・科学的な解決策ではない。(しかし自分で書いておきながら、「皆」って、誰のことだ?)すり替わっているが、実は知性や分別による考察・行動とも異なる種類のものが礼賛されている。それは知や文化の重みを度外視した「スッキリ」感だ。「ゴチャゴチャした理屈や人間関係、しがらみ、保守勢力をぶっ壊してほしい」という、秒速の「スッキリ」感という、「気分」の晴れを求めている面が非常に多いのではないか。そこに理性は要らない。ましてや文化や伝統は邪魔だ。喧嘩のうまい人間が出てきて、9秒以内にカタを付けてくれて、政治家や学者が黙れば、それで皆は、満足する。そして、そうありたいと願うようになる。それって遠山の金さんや水戸黄門のアップデート版だろう。しかも自分から町民相手にガンガン入れ墨や印籠を見せにいくタイプのものだ。
広島県知事がそれを真似たのかどうか、「県職員に当てられる給付金10万円は県財政の原資にする」とぶち上げて、あっさり炎上した。
公務員を燃やして、皆が「あったかくなった」と幸せになるような社会は、早々に滅ぼして次のシステムへ移行する方が良いわけだが、「こいつらを燃やせば、皆さんあったかくなれるんですよ!」と特定の人物が煽っているだけの間は、その狂ったスピーカーを台座から外して速やかに交換することが重要だ。民主主義とはそういうシステムだったはずだ。
◆4/21(火)国内感染者数:11543人
<4/22(水)>
仕事に行くのが段々本気で億劫になってきた。
緊急事態宣言が発令された直後ぐらいは、「出勤行為」自体が相対的に稀少度が高まり、休眠状態へ落ちてゆく「都市」の観測によい機会だと考えていたが、最近は「私が出社すること、仕事すること自体に意味があるのか?」と本気で疑うようになってきた、らしい。
「らしい」というのは、自分ではそういう意識はしていないからだ。だがこうして言語化を通じて、皮をめくると、だんだん虚無感の風が吹いていたことに気付き始める。気付きたくなかった。
電車内の人間が減った気がする。そうだね。徐々にリモートワークと時差出勤に切り替えているのだろう。災害時に適用されるBCP:事業継続計画の観点からすれば、「今・必要な業務だけに絞り込む」ことが不可欠だ。私の業務は非常に半端な立ち位置にある。
段々と感情が平板化している。巷では「コロナうつ」が問題視されているが、それとは少し異なる。感染への恐れや過剰反応によってではなく、平板化してゆく「緊急事態」に対して、全身の感覚器が捉えどころをなくしつつあるのだ。緊張とも緩和ともつかない、どっちつかずの状況でロストしている。
山岳関係団体が「連休中の登山やクライミングは控えて」と自粛を呼びかけた。正しすぎて頷くしかないぐらい正しい呼びかけだった。行楽期の駐車場、山小屋、休憩所の混雑は想像を絶する。この件に関して斜に構えた中学生のようなコメントを飛ばしてみせるような人間が、未だにビジネス界で持て囃されるのだから、いかに常識観念のアップデートが滞っている人間が多いかが分かる。まあ炎上すればそれだけ外野が真意を繰り返し必死に説明・拡散するので、結果的には良いことも多い。そこまで狙ってヒールを演じているなら大したものだが、いずれにせよ崇拝しても良いことはない。
牛丼も食えないのだ。
明るい話題はアビガンと前澤・剛力の復縁ぐらいか。はいはいおめでとうはいはい。
政府の専門家会議が3密を避け、人との接触を8割減するための「10項目」を提唱した。「8割減のためには、スーパーへの入店を空いている時にして」。
都知事「スーパーの入店方法を考える」、客の名前の順にするとか、明日方針発表とのこと。
◆4/22(水)国内感染者数:11992人
<4/23(木)>
「非常事態」というより、異常事態だが、何が異常だったのか段々思い出せない。つまり庶民の暮らしにはまだ「新型コロナ」が現実として入ってきていない。マスク、消毒、詐欺、休業補償、サービス停止、感染者への嫌がらせ、有名人の死亡・・・など、外堀だけが完璧に埋め尽くされていく日々だ。
非日常が常態化してくると、低温火傷みたいに体に張り付いて、本当にうんざりしてくる。毎日の切れ目がない。
自分は毎日、長時間かけて出勤しているから、「うんざりする」程度で済んでいるのだが、これが西欧みたいに1ヵ月近いロックダウンで軟禁状態なら確実に精神をやられていただろう。苦手だと敬遠していたZoom飲み会にも狂喜して参加するようになると思う。
緊急事態宣言の発令時からは、通勤時の人出は2割減ぐらいにはなっている。非常事態の毎日を繰り返していると違いが分からなくなる。違いがあるとすれば、休眠状態の店がやたらと増えたことと、自宅と職場以外では、出来るだけモノに手を触れないように注意するようになった、それぐらいか。
Twitterを開くと定期的にマスコミ、民放への怨嗟、憤慨が噴き出していて、溜飲が下がると同時に喉が詰まる。よく分からない。今まで大衆や組織をディスり、時代遅れと叩くことで自分達のブランド(=アップデートされた戦略的存在(苦笑))を標榜してきた者たちが、哀れなぐらい滑稽に見える。コロナ禍がもたらした一つの福音があるとすれば、様々な言説らしきものどもを、雑音と、本物の思考・詩とに完全に選別していったことだ、と、後に振り返ることになるかも知れない。
その中で、言語にすら置き換えられない「叫び」や「唸り」を放つ者がいたとしたら、それは見逃してはならない。次の時代――ウイルスや差別、分断との共存の時代に、必要な存在になるかもしれない。新しい言語は大概、老人には理解できないものだ。
また一人、著名人(岡江久美子)が亡くなった。私の知らない人だったが、免疫力が落ちている時のコロナは危険だと分かった。
「8割減」に向けて、スーパーでの密集を防ぐ方針として、大阪府吉村知事は入店人数の制限の案を示し、東京都小池知事は「買い物を3日に1回」に控えるよう呼びかけた。
小さい子供のいる家庭にとってはまた厳しい条件が付されていくように思う。幼少期を振り返るとスーパーで10分、15分過ごすのは楽しかった。 鮮魚の眼や腹の輝きは図鑑の絵や写真と比べ物にならないほど、美しく、ブ厚かった。そういう発見が随所にある。学校には行けず、公園に行けば苦情を通報され、スーパーも出禁か。厳しい。
◆4/23(木)国内感染者数:12,422人
<4/24(金)>
広島県知事が前言撤回した。山梨県知事が「知事の給与を1円にして覚悟を示す」とぶち上げた。橋下徹は「公務員は受け取り禁止にしては」と提案していたらしい。なんなんだこの人たち。10年前をなぜ繰り返しているのか。対立構造を生んで意識させる手法に、民はもう疲れているというのが分からないのか。
NY州クオモ知事が「住民3,000人を抗体検査したら、14%に新型コロナ抗体が確認された」と発表した。割合が高すぎるとの指摘もあるが、抗体があれば感染リスクは低いとして、経済活動の再開への従事が優先的に認められる可能性がある。一方で、抗体が作られたが故に症状が悪化する可能性も発表されている。このへんは門外漢には判別が付かないので、なるようになれ精神で身を任せる。
これまで「37.5度以上の発熱などの症状が出たら、4日間は家で様子を見て」、それでも熱が引かなければ「帰国者・接触者相談センターに相談して」というフローだった。が、軽症者が家で様子を見ていたら死亡した事例が2件報道され、俄かに動揺が走った。あかんものは、あかんっぽい。もちろん「軽症」の医療上のニュアンスが想像と違う可能性もある。
仕事を放り出して髪を切りに行く。わああ。
間の悪いことに、冬に切った髪の毛が本格的に伸びてきて、家でも職場でも前髪が眼にチラッチラッチラッチラッする。あかん。あかんぞ。「美容室は不要不急だから、5/6以降の動向を見てから行くかどうか判断しよう」と優等生的に我慢していたが、これはあかん。ブチギレです。わああ。あかん。あかんぞ。店長。
店長、うっうっ(泣く
お店側も、普段なら毎時間帯3人同時にさばいているのだが、受け入れ数を絞っての営業だった。ありがたや。これもいつまで営業できるのかは、情勢次第の未知数。
シャンプー、カット、眉カットの間もマスクを着けて臨んだのは異例のことでした。自撮りしておけばよかった。
手に取った「関西ウォーカー」には、いつもと変わらぬボリュームとテンションで、GWに向けたキャンプや淡路島グルメ情報、映画情報などが載っている。パラレルワールドだ。2020年上半期は、そちら側にはもう行けそうもない。これの百倍ぐらい濃度の高いパラレル感を、311の時、東北の人たちは味わったのだろうか。今更気付いた。
髪がすっきりして、鬱が治った。
商店街に出てきて、良い機会なので、謎ルートから調達された中国系マスクを買うことにする。
普段は衣類などを売っている小さな個人商店が、あちこちで謎の中国系マスクを箱で売っている。単価換算すると異様な高さだが、どうせ地球規模でマスクの取り合いになっているし、「アフターコロナ」と切り離して呼べるまでにはどうせ最低1年はかかる。単価70円切るなら、今の相場では優秀だろう。買いだ。
ふー。
50枚プラスあると安心感が違う。
なんせ全国チェーンのドラッグストアが「当面、マスクは売りません」と貼り出していたりするのだから、もうお手上げです。
( ´ - ` ) はい。
各都道府県知事が、GWの民の移動を牽制しに掛かっている。インパクト勝ちが岡山県知事、山陽自動車道下りのPAで検温を行うとのことで、取材などで顔を晒されることを「後悔すればいい」と述べ、このワンフレーズが注目された。
毅然とした態度がウケる場合と、それが為政者からの無理解・暴力と映る場合とがあり、その響き方、ニュアンスのプリズムは刻一刻と変わりゆく。スナップ写真より難しい。私には恐ろしくてリーダーの座なんて近付きたくもない。無名の肉片として歩き回っているだけでいい。
大阪府吉村知事が、全国に先駆けて、休業要請を聞き入れず営業していたパチンコ店6点の店名を発表した。これまで新型インフルエンザ等対策特別措置法24条に基づく休業の協力要請を行ってきたが、電話・文書での勧告に応じなかった店舗に対し、同法45条に基づくより強いプレッシャーをかけた、ということだ。
私はギャンブルを一切やらないので分からないが、脳内麻薬×習慣化×目的意識の強さを我が事=写真行為に置き換えて想像してみると、まあ、やめるはずがない。パチンカー、パチンコやめない。写真キチガイが写真をやめないのと同様に。自明であることだなあ(詠嘆)。死ぬまでやめない。やめられない。
もし撮影行為や写真鑑賞を通じて感染・伝染する病が生まれたらどうしましょうかね。眼を介さず写真を鑑賞したり、レンズを介さず撮影する方法。あるかな。きっとあると思う。想像しよう。想像・・・。
◆4/24(金)国内感染者数:12,859人